一、新たな旅に向けて
第二部 第一章、東の島国編 開幕です!
更新日時は毎週火木土の22時半頃になります。
余裕がある時は日曜日にも更新する予定です。
神の肩書きを貰ってから約一年。
それは勇者パーティとの過去の遺物を消し去る旅も一段落が付き、譲り受けた資料も大半を読み終えた頃だった。
王都の南西にある港街スイストンから船の用意ができたとの知らせを受け取ったのである。
差出人は漁師ゴート。どうやら王都でのあの騒動から一年も経てば私の噂は国中に広まってしまったらしく、聖樹の跡地に建てた家宛てにあちこちから手紙が届くようになっていた。これはその中の一通だ。
元々彼には海を渡る船の用意を頼んではいたのだが、当初は資金の問題でかなり時間がかかるだろうと私もゴートも思っていた。しかしそれがとある人物の介入により一気に解決したことは記憶に新しい。
ダフディラート・ローサンティス。この国の王太子殿下である。
彼は国王から正式に北の帝国の調査を言い渡された後、私がスイストンの漁師連中と面識があることをどこからか聞き及んだらしく船を用意するための多額の資金を肩代わりしてしまった。確かにこのままいけばダフディラートの帝国行きにもその船が使われることにはなるだろう。王太子を乗せる船だ。当然半端なものは用意できない。
しかし、それにしたって横暴が過ぎる思うのだ。船を確保できる見込みが立ち、まだ先の旅へと胸を躍らせている心だけは少年な王太子に文句を言う気力は流石の私にも無かったのだけれど。
そんなことがあって用意された船だ。さぞかし立派なものなのだろう。ダフディラートのことだからきっと金に糸目も付けず乗組員まで揃えているはずだ。私はもう深いことは考えず用意されたものを素直に使わせてもらおうと心に決めていた。
「それで、三日後には王都を出ようと思うんだけど……」
「うん、僕は構わないよ。しばらく王都で商売もさせてもらって資金も十分貯まっているからね。それよりも……」
「ディも問題ありません。三日もあれば旅の用意をするにも十分です。挨拶回りが少し大変そうではありますが……」
聖樹の跡地に作った家の中。私とルトとシンディはいつものようにテーブルを囲み、紅茶と茶菓子を摘みながら今後の予定を話し合っていた。三人ともどことなく歯切れが悪いのは、当然のように同じ席についているもう一人が原因である。
見た目だけなら人間の子供。真っ白く長い髪は腰の辺りで切り揃えられている。赤い目を瞬かせながら優雅に紅茶を飲み、茶菓子を口に運び、ティータイムを大いに楽しんでいるその人物。色は違えど私と瓜二つなその容姿にルトとシンディは戸惑いを隠せないようだった。
かくいう私も戸惑っている。今朝、私がベッドから出た時には既にこの姿でここに座っていたのだ。雰囲気や魔力の感じは変わっていないから誰かはわかる。わかるのだが。
「あのさ、シロ……」
「なんだ?」
流石に放置しておくのは限界だった。
私が名前を呼び、それに対する返答があったことでルトとシンディはようやく確証を得られたらしい。二人してホッと息を吐いている。
「どうして人間の姿になっているの……?」
大きさは様々だが今までずっと白い鳥の姿をしてきていたシロだ。幻獣フェニックスは鳥の魔物だからそっちが本当の姿であることも間違いはない。
一年前この街に降り立ったという魔王は鳥から人型へ、更にはドラゴンへと姿を変えたという。あれにできるのだ。シロも同じことができたとしても不思議はないと私も確かに思ってはいた。それがまさか見られる日が来ようとは。
「ああ、これか。この国から出るとなるといつもの姿では面倒なことが多いからな。それに、こちらの方が飯が美味い」
「姿によって味覚にも違いが出るのかな。容姿の参考はやっぱりエル?」
「まぁ、似たようなものだ」
多分シロが模しているのは私というよりは私の先祖に当たるエラの姿なんだと思う。人間の魔術の祖と言っても過言ではない人物だ。私は聖樹の中で一度姿を見ているからどんな容姿だったかもしっかりと覚えている。今のシロはどこからどう見ても色違いのエラである。
とはいえ私とエラは性別くらいしか違いが無いのだけど。強いて言うならばあれはかなりの自信家で自分の容姿を大層気に入っている男だった。流石に自分自身を美しいと絶賛することは私にはできそうもない。
「それにしても、エルの容姿に白い髪と赤い瞳はなんというか……神秘的ですね。エルはどちらかと言うと可愛らしい印象ですが、シロは美しいです!」
「ふ、そうであろうな。賞賛はあればあるだけ良いぞ」
「……やっぱりシロってちょっとエラに似てるよね」
自分に絶対の自信を持っているところとか。話し方とか。そういえばシロはエラを観察して言葉を習得したんだっけ。そりゃあ似るわけだ。なんだか消えたはずのエラが旅の仲間に加わった感覚である。
私としてはふかふかの羽が堪能できなくなることが少し不満なのだけど……流石に寝る時くらいは元の姿に戻ってくれると嬉しいかな。いや、強要はしないけどね。
そうしてしばらく共に話していれば私たちの戸惑いも消え、人型のシロはすんなりと受け入れられたのである。他にも説明しないといけなさそうな奴らがいるのだが、それはまた必要になればその都度対応していこう。
と、思ったのも束の間。一番面倒そうな奴がノックもせずに家に入ってくる気配がした。
「エル! エルはいるか!」
この遠慮の無さに馬鹿でかい声。自分勝手な箱入り王太子ことダフディラート・ローサンティスその人である。
声に緊張感は無いから緊急性はないはずだが、仮にもこの国の最高権力者に据えられている私の現住処に毎度のことながらこうも簡単に入ってくるとは。相変わらず神経が図太過ぎる。
私も私で言うだけ無駄とわかっているから自由にさせているのだけど。鬱陶しい奴ではあるが妙に察しが良くて、本当に触れられたくない部分には絶対に踏み込んでこない。そんなところは好ましく思う。
「いるよ。何かあったのか?」
大して広い家でもない。今いる部屋から出ればすぐに互いの姿が見える。ダフディラートの場合は出迎えずとも勝手に中まで入ってくるので声だけかけて待っていると、その男はやはりずかずかと私たちの居る部屋へとやってきた。思わぬ人物を引き連れて。
「エル! 俺の新しい従者を紹介しよう!」
「えっ……」
存在感のデカ過ぎる奴が一緒にいたせいもあるだろう。けれどそれにしても気配が気薄で姿を見るまで全く気付かなかった。
黒に近い青い髪と濃い紫色の目。髪は一年で少し伸ばしたようで頭の後ろで一つに束ねてある。身に纏うコートには騎士団の紋。軟禁生活から解放されて騎士団に復帰したらしいと聞いてはいたが、まさかこんな形でまた顔を合わせることになろうとは。
「俺と共に帝国へ行くことになった従者のウィンだ!」
「な……なんだって……?」
胸を張って言い切ったダフディラートは自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。元罪人を王太子が従者にしている事実にも驚きだが共に帝国に行くだって? どうかしているとしか思えない。
ダフディラートに促される形で前に出てきたウィンは片手を胸元に当て優雅に軽く頭を下げただけで特に何かを言うことはない。強要されているようには見えないが、前の主人のことを思えばダフディラートを恨んでいてもおかしくはないはずだ。仮にも護衛を任されているこちらとしては不安要素でしかないのだが。
「大丈夫なのか? 寝首を掻かれても知らないぞ?」
「ああ、そのことなら問題ない。ウィンにも帝国へ行く理由があるからな」
「理由があるから問題ないかどうかはわからないなぁ……」
聞けばウィンが帝国へ行く理由とは、魔王が持ち去ったと思われる前の主人の魔力を追いたいといったものだった。そのためにダフディラートの従者にまでなって帝国行きを望んだのだとしたら確かにウィンらしいとも思う。
意外と人を見る目があるダフディラートも特に警戒はしていないようだし、一先ず様子を見てもいいかもしれない。そう思って、私はこれ以上突っかかるのはやめておくことにした。
「それよりも、この子供はあの幻獣だろう!? 魔物であるのに人間の姿にもなれるだなんて! やはり魔王と同じ力を持っていたのか!」
「うわ、やっぱ面倒なことになった……」
人型のシロを一目で見抜いたダフディラートは、シロの側まで来るとまじまじとその姿を観察し始めるからこれ以上私の話は届きそうもなくて。仕方なくウィンに今後の予定だけは伝えておくことにした。
船が用意できたと連絡が入ったこと。三日後には王都を出発すること。一先ずの目的地は港街スイストンだ。そこから船に乗り東の島国へ、更に帝国へと入れる適切な航路とやらを見つけ出す。準備はしておくようにと伝えるとウィンはコクリと頷いた。
こうして私たちは三日後の出発へ向けて各々旅の準備を進めることとなったのである。




