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放浪のエル  作者: ゆう梨
第五章
228/273

二百二十六



 その後、行く当てのなかった私はそのまま聖樹の跡地を王都滞在中の拠点にすることにして、ルトから教わった土や植物の術式を駆使して小さな木の家を建てた。ルトと初めて会った時に燃やしてしまった彼の家もこうして作られたものだったらしい。

 私の持っている魔力を使えば一瞬の作業だが、ルトではかなりの時間がかかったんじゃないだろうか。今更ながらにあの時は本当に申し訳ないことをした。もう二度と同じ過ちを繰り返さないように気を付けよう。


 王城に部屋を借りていたルトとシンディもこの日からは私が建てた家で共に過ごすことになった。王城と譲り受けた屋敷との行き来が多くなるだろうからほとんど寝るだけの家だけれど、仲間だけの落ち着ける空間があるというのはとても良い。と、私はその程度の認識だったが精霊やペガサスも多く住み着くことになるこの辺り一帯は王都に住まう人々から後に聖域と呼ばれるようになる。



 

 

 そして私が目覚めた次の日から五日間、王城でダフディラートや現国王と協議を重ねた末に私は彼らの頼みを引き受ける決断をした。付けられた肩書きは名前をそのままに神(エル)、と。あくまでも人間の国のと枕詞が付く肩書きだが、あまり自分では言いふらしたくない響きに苦笑いが浮かぶのは仕方のないことだった。

 

 そんな肩書きを引き受けるのと引き換えに私が得たのはこの国における最高とも言える権力と自由だ。必要とあらば騎士団はもちろん王族や国王まで動かせるというし、各地の街や王都の貴族街、更には王城への出入りも基本的に自由になった。しかしそれ故に取り入ろうとする貴族が増えるだろうことは火を見るよりも明らかで、その対処は国王に丸投げしておくことにする。


 

 こうして人間の国の神(エル)となった私の名と顔を広める為、訪問治療という名の見世物が王都の各地で行われることになったのはそれからまた二日後のこと。失意の底にいる人々に希望をと望まれて与えられた地位だ。今回くらいはこれをやらねば認知のされようもない。

 

 ルトとシンディには資料の調査を頼み、精霊やペガサスには家の周りに留まるようにと言い聞かせて今日は私とシロの二人。そこにダフディラートや数人の騎士団員を引き連れて街を練り歩くのはなんだか落ち着かない気分だ。先頭にいるのが私のようなただの子供だからか、街に出てすぐに向けられたのは敬意というよりも好奇の目の方が多い印象だった。



「まずは王都の南、平民の学舎に行こうと思う。エルもそれでいいか?」


「私は構わないけど、意外だ。お前は貴族を優先しないんだな」


「今そんなことをしたら更に平民の反感を買う。神(エル)は平等と思わせなければこれをやる意味がないからな」



 そう言うダフディラートは街で負傷者の収容場所となっている施設の一覧を見ながらも、歩幅の小さい私の前には出ないようにしているらしい。自分よりも立場が上になったとはいえこんな子供の後ろに着いて歩くのは王族としては屈辱に思う者もいるだろうに。それを平気でやってのけるのだからこの柔軟さだけは尊敬ができる。王太子がこれだから他が出しゃばることもない。


 

 それにしても平等か。確かにあの騒動の首謀者が公爵令嬢という立場の人間だっただけに今の王都には不信感が渦巻いている。しかもそれがただの公爵令嬢ではなく多くの支持を得ていた存在だったことが問題だ。事実だけを並べれば貴族が平民の信頼を裏切っただけのありふれた事件になってしまう。


 はてさて。私の力にはそんな人々の不信感を払拭し、新たな希望になれるだけの魅力があるのか否か。試されているのはきっと私の方なのだろうな。


 そんなことを考えているうちに私たちは王都の南の端に辿り着く。ここは教会の魔術師たちのおかげで崩れていた建物も無事修復された、マガドワの爺さんが学長を務めていた平民の学舎である。今は負傷者の収容場所の一つとして使われているそうだ。



「エル様!」


「ん?」



 建物の外にゾロゾロと集まり出した私たちに気付いてか駆けて来たのは見覚えのある女だった。勇者コルクと同じ集落から出て来た獣人のリーニアだ。彼女には今回の騒動で何度も手を貸してもらったとは聞いていたが、私がこうして顔を合わせるのは集落を出て以来初めてことである。



「噂には聞いていましたが本当に貴族どもの上に立ってしまったのですね。流石です」


「耳が早いな。というかお前、王太子が横にいるのに容赦ないね」


「これでも情報屋をやっていますから。貴族は……嫌いなので」



 ダフディラートへチラリと向けた視線をサッと逸らしたリーニアには思わず苦笑した。

 彼女の過去に何があったのか詳しく聞いたことはないけれどやはり貴族が関わっているのだと思う。それでも震えず泣き叫ばずにここいるリーニアは、出会った頃を考えれば見違える程心が強くなった。全ては彼女自身の努力と決意によるものだ。本当に凄い。



「話は聞いています。中でマガドワも貴女が来るのを首を長くして待っていますよ」


「それはそれで怖いな」



 この様子だとリーニアが得た情報はマガドワの爺さんにも伝わっているのだろう。いったい何を言われることやら。そこは腹を括りつつ私たちはリーニアの後に続いて建物に入ったのだ。


 

 学舎の中は比較的に静かで薬草のような独特の匂いがした。元は教室として使われていた部屋は全ての戸が開け放たれていて、机や椅子も無い広い室内には負傷者が症状の度合いによって分けられ並べられている。

 

 あちこちに散らばる小瓶はポーションでも入っていたものか。中には体に包帯を巻きながらも起き上がれない負傷者の看護に当たっている者も複数見られる。窓からの明かりがほんのり差し込むだけの暗い部屋は全体的にどんよりとした空気が漂っていた。


 

 マガドワの爺さんは元々執務室として使われていた奥の部屋で息子のマゼインと共に意識の戻らない者たちを集めて私たちを待っていた。

 部屋の隅に一脚だけ置かれた椅子に腰掛ける爺さんはともかく、壁際で膝を抱えて座っているマゼインの方は酷く憔悴しているようで今にも倒れそうな程に顔色が悪い。看病している方が倒れたら元も子もないだろうに。まぁ、この部屋に寝かされている者の中に彼の幼馴染だというアポリアの姿があるのだからそれも仕方のないことかもしれないが。


 一先ず椅子に座る爺さんに「久しぶり」と声を掛ければ、こちらを見た途端に「馬鹿者」と鋭い視線と辛辣な言葉が飛んできて私は思わず肩をすくめることになる。



「マガドワ。お前とエルが師弟関係にあるとは俺も聞いているが、今後は人前で彼女を貶す発言は控えてくれると助かる」


「……わかってはおりますよ。確かに今のこの街には希望が必要ですからな。それをそこの子供に押し付けるのはどうかとは思いますがね」



 アスハイルもそうだったが爺さんもやたらとダフディラートに対する当たりがキツい気がする。こいつが王太子であることくらいは知っている筈なのに。心配してくれているのはわかるけどこの場には他に騎士団もいるのだ。刺激しない方がいいと思うのだけど。


 と、それは一先ず置いておいて、私はさっさとこの場での役目を果たしてしまおうか。今日の訪問治療はこの学舎だけではないのだから。




 

 部屋の中央に私が立つと睨み合っていた爺さんや騎士団員を含めたダフディラートやマゼイン、それからリーニアの視線も一斉にこちらを向く。

 この場にいる奴らのほとんどは私がこの魔法を使う姿を一度も見たことがない。だから感じる視線には見定めようとする圧が強かった。けれどそんなものに臆するほど私は繊細ではないのだ。



「——エラ」



 彼の名を呟くと同時に私を中心に床に広がった白い魔法陣。溢れてきた魔力の圧が緩く優しい風となって室内に吹き抜けていく。長かった髪は会議の後にシロに切って処理してもらったから今は腰の辺りで整えられていて、毛先が視界の隅にふわふわと漂っているのを見た。



「これは……!」



 爺さんの驚き混じりの声が意識の外で聞こえた気がした。マゼインが息を飲むのも伝わってきた。

 

 吹き抜けた風はやがて光の粒となって、どんよりと暗かった部屋の中を明るく照らす。その粒が次第に鳥の羽根のように形を変えてハラハラと落ちてくる様は、あの日シロに救われた瞬間を私の脳裏に思い起こさせた。


 

 体の仕組みすら作り変えてしまえるシロの再生の魔法。怪我や状態異常だって瞬時に治せるし、意識の無い生き物だって例外無く目を覚ます。


 

 壁際で膝を抱えていたマゼインが這うように一人の元へ駆け寄った時、誰かがそれを「奇跡」と呼んだ。



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