二百二十五
サフとダフディラートは会議が終わればすぐに王城へと戻っていった。祭壇の前にいた連中も引き連れて行ってくれたようでこちらを気にする大勢の魔力の感覚も無くなっている。できればこのまま私たちに近付けないようにしてくれると有り難いのだけど、きっと近いうちに貴族とはまた関わることになるのだろう。かなり憂鬱だけど自分で招いた事態なので仕方がないと割り切ることにした。
「そういえば、エルにかかっていた聖女の祝福が消えているようだけどボクが聞いた限りではキミが例の黒い魔力に胸を貫かれたって時だと思うんだ。ミカエルとの契約は問題ないのかい?」
「そっちはずっと感じているよ。祝福についてはよくわからないことの方が多いけど契約に問題はないみたい。多分魔力の流れている方向の関係だと思うんだけど……それよりも、ミカエルには死にかけたこときっと気付かれているよな……次会った時絶対怒られる……」
「胸貫かれて生きてるってぇことにも驚きだがよぉ、あの聖女相手に怒られる程度で済むんだからすげぇよな」
「一応エルが主ってことになるからね。いくら無鉄砲な主に腹が立ったとしても殺したら自分も死ぬんだから流石に手は出さないだろ」
「……だといいんだけどね」
ダーガンもラグナもミカエルの望みを知っているから笑い混じりに話すけれど、正直私はあいつが怒ったら洒落にならないんじゃないかと思っている。
だって自分が生き残る為に同族殺しや街ごと私兵化も強行するような奴だぞ。殺されないまでも半殺しくらいなら普通に有り得るんじゃないか、と考えたら少しゾッとした。次に神殿に顔を出す時は何か手土産でも用意してから行こうと思う。
そうして勇者パーティはそれぞれ軽く挨拶を交わしてから冒険者ギルドへと帰っていった。彼らとは国の各地に残されているロキルの魔法陣を消す為にも、近いうちに共に方々を駆け回ることになるだろう。騒がしくもなかなかに楽しい旅になるのだが、これはまた別の話。
さて、と。空席が増えた円卓に残っていた魔術師兄妹へと意識を向ける。ネルイルはともかくアスハイルは少し不機嫌そうな表情で頬杖を付いて待っていた。苦笑しつつも話を振れば「お前だって人間のくせに」と軽い文句が飛んでくる。
いやぁ、本当に。最初はそうだったんだけどな。いつの間にかどんどん人間の枠からはみ出していっているようで我がことながら呆れるよ。こんな私を心配してくれる人たちがいると理解はしているんだが引くことを知らない性分も、何かと厄介事を引き寄せる体質もどうやら変わりそうもない。これからも彼らにはたくさん心配をかけてしまいそうだ。
「何かあったら今度こそ最初から頼れよ」
「うん、ありがとう。そうする」
素直に笑って返せば一瞬驚いたような反応をしたアスハイルは小さく息を吐いてから腕を組んで満足そうに頷いていた。
兄妹はその後、トロップが持っていた黒い魔力について少し話をした後に街の復興作業に戻っていった。どうやら私が聖樹を登っていた時から彼らが調べていた情報も元ラトリッチの屋敷に全てまとめておいてくれたらしい。
今わかっているのはシロの魔力があらゆる魔術に干渉するように、魔王の黒い魔力はどんな魔術をも喰らう性質があるのではないかということだ。何色にでも染まる白と、何色を混ぜても変わらぬ黒。互いに似たようなところも多い魔力だけれど正反対で相容れない力。これがシロとゼグがそれぞれ持つ魔力であり、私とトロップが経緯はどうあれ借り受けた力だった。
この力の因縁はこれからも長く長く続いていくことをこの時の私は既になんとなく感じていたのである。
魔力で作った机と椅子を消した後、グッと両手を上げて体を伸ばす。見上げた頭上には相変わらず気持ちの良い青空が広がっている。なのに考えることが多くて頭の中がごちゃごちゃとしているのが少し残念だ。
「しばらくはこの王都に留まることになりそうかなぁ」
そんな私の呟きにルトとシンディは顔を見合わせて「確かに」とどちらも苦笑いを浮かべていた。
「やることが山積みだからね。勇者パーティの依頼はかなり時間もかかるだろうし、ラトリッチのお屋敷に集めた資料の調査もある。王太子殿下の頼みは受けるつもりでいるんだよね?」
「うん。それは数日中には動くことにするよ。あとは個人的なことだけど、リオへの連絡とか、ペガサスとの散策の約束とか、あとは……うん。クラヴィアの実家の様子を見ておきたい、かな」
「エルのお母様のご実家ですか? 王都にお屋敷があるのでしたら今回の件で被害を受けたりはしなかったのでしょうか」
「さぁ。どちらにせよあの家の人たちとは会ったこともないし私には関係のない話だよ。ただ、クラヴィアの墓参りだけはできたらいいなと思うんだ」
あの人が死んだ後、その遺体は王都の実家に引き取られたと聞いた。だからおそらくこの王都のどこかに墓があると思うのだけど、私はあの人の実家であるグランディ家の人間と全く関わりがないので当然その場所を知らなかった。
思い返せばここへ至るまでに私は何度もあの人に助けられたという自覚がある。その感謝と誤解していた謝罪に、せめて花のひとつくらいは贈りたいと思うのだ。そしてここまでの旅で見たこと学んだことをたくさん語れたらいいな、なんて。これはエルとしては踏み込みすぎになるだろうか。
別に誰かに禁じられているわけでもないがこれ以上辺境伯家への繋がりが露見することだけは避けたい。ダフディラートの話を受けるとなれば余計に私の出自は注目を浴びてしまう。周囲が私を幻獣の娘と思ってくれているのならそう振る舞っておく方が安全だ。シロもあの呼び方を意外と気に入ってくれているようだし、私としてはこのまま押し通す方向で考えている。
「一通り終わったら……そうだな、海に出てみるのも楽しそうだよね。流石に騎士団はもう突っかかっては来ないだろ」
「そういえばスイストンの街で船の用意を頼んでいたね。行ってみたいところでもあるのかい?」
「たまに耳にする東の島国とかは行ってみたいかな。職人が多いって聞くし珍しいものがありそうだなって」
「東の島国と言えばトウコクですね。小さな国だそうですが、このローサンティスとはまた違った文化が根付いていると聞きます。美味しいものが多いとラグナが言っていました!」
「へぇ、シンディは随分と詳しいんだな?」
「あっ、その、お城でたくさん外の国のお話を聞いたもので……!」
「シンディは最近妃教育ってことでいろいろと詰め込まれているみたいなんだ。その影響もあるのかもね」
「ああ、なるほど……って、旅を続けて大丈夫なのか?」
「も、問題ありません! ディはまだまだエルと一緒に旅がしたいです! 置いていかないでくださいね! それに、別の国でも踊りを見てもらえる機会があるのなら是非行きたいのです!」
「これは……ダフディラートが大変そうだ……」
「あっ、もちろん僕も行くからね! トウコクには桜っていう綺麗な花が咲く木があるらしいんだ。それを一度は見てみたくって!」
「木かぁ……今そういうのはお腹いっぱいって感じなんだけど、ルトが言うなら私も見てみたいな」
「なら、決まりだね!」
こうして次の目的地が決まった。出発までにはまだ時間がかかってしまうだろうけれど旅の話をしている方が私たちには合っている気がする。
念の為少しだけ緊張しながらも肩にいるシロに一緒に来てくれるかと問えば、もちろんだと返ってきた。前は無かった返答があったことが今は凄く嬉しい。思わず緩んだ口元を私は頬に手を当ててグッと外側に引っ張ることで誤魔化していた。
その後、改めて精霊やペガサスを仲間たちに紹介しながら、私たちは晴れた空の下でのんびりとした穏やかな時間を久しぶりに過ごしたのである。




