二百二十三
私が指名したメンバーは全員王都にいたらしい。ぱらぱらと集まってきたみんなの顔を見て私もようやく安心できた。しかも急な呼び出しだったにも関わらずそれぞれが手土産を持って来てくれて、全員が揃った頃には机の上は物で埋め尽くされていた。そのほとんどが食べ物だったからみんなは私のことをよくわかっている。
「この丸パンは今朝お兄ちゃんが焼いたのよ。それでこれは野菜とベーコンと潰した卵。パンに挟んで食べるとすっごく美味しいの。こっちのスープは街の炊き出しで配っていたものを少し分けて持ってきたわ。全部お兄ちゃんのお手製なんだから!」
「おいおい、なんでお前がそんな得意気なんだよ。まぁ、そんな感じであるもん適当に持ってきたが、食うか?」
「た、食べる……!」
思い返せばこの王都に来てからまともな食事をとった記憶があまり無い。確か図書館でビスケットを貰ったり、ラトリッチの別荘で一度夕食を三人で……いや、あの時のことはあまり数に入れたくない。しかしそのせいでネルイルの兄自慢としか思えない話を聞いただけでも思わずじゅるりと涎が垂れそうになった。
籠に入った丸パンの山、刻まれた野菜とベーコンと卵はそれぞれ別の器に入っていて、鍋のスープはまだ湯気が立っている。私の一言でアスハイルが意気揚々と食事の用意を始めてくれるから気分は簡単に高揚した。
「シロも一緒にどう?」
「人間の食べ物など久しく口にしていないが……」
丸パンを一つ先に貰って小さく千切った欠片を口に放り込めばほんのりと甘い香りが鼻を抜けていく感じがした。同じように千切った欠片をシロの前に差し出してみると少し戸惑うような仕草をしたものの、すぐについばむ様子が見られる。それもどうやらお気に召したようで私の手の中にあった丸パンは全てシロの腹に収まっていった。
それを私の両隣に座るルトとシンディが興味深げに覗き込んでくる。二人は王城にいたらしく、厨房から紅茶の茶葉と焼き菓子をたくさん持ってきてくれた。そちらは食事の後に有り難く頂こうと思う。
「シロが食べ物を口にしているのは始めて見たよ。エルの髪は多分魔力に変えていたんだと思うけど……それにしても食べたパンはいったいどこに入ったんだろう」
「本当です、今はこんなに小さくて可愛らしいのに。これはエルと同じ謎ですね……!」
「確かに私も自分が食べたものがどこにいってるのかは謎だな」
私が空腹も満腹も感じないのはおそらくシロと同じなのだろう。入れれば入れるだけ入ってしまうから美味いものが幾らでも食べられると喜んでいたのだけど、改めてよく考えてみれば人間としてはちょっとした恐怖体験である。思わず腹の辺りを摩っていたら食事の用意ができたと声がかかって私はあっさりと思考を放棄した。ありがとうアスハイル、いただきます。
「お、おい、ダーガン。俺、夢でも見てんのかなぁ……精霊とかペガサスとかいるんだけど……えっ、なんで誰も指摘しないの? 俺が可笑しいの?」
「コルクは正常だと思うぜ。他の奴らが麻痺してんだ。かくいう俺ももう何を見ても驚かねぇ自信がある。お前の正常さが羨ましい限りだよ」
「コルクもダーガンも何を言っているんだか。ボクだって半分は精霊だぞ。今更精霊にペガサスが何だって言うんだ。なぁ、シルク」
「え……!?」
「はぁ……!?」
勇者パーティは仲間内で何を可笑しなやり取りをしているんだか。というかラグナはやっぱり自分が半精霊であることを二人に明かしてなかったんだな。それをこんなところで明かしてしまってよかったのかとふと思ったけれど、机にいるシルクの頭を撫でながら二人の追求を上手くかわしているラグナには心配は無用だったな。
そんな彼らが分けてくれた干し肉を始めとした保存食は有り難く収納袋にしまった後である。もう残っていなかったから助かった。私も遭遇したことのない魔物の肉が結構混じっているようだから食べてみるのが楽しみだ。
「それじゃあ、今回この場はボクが取り仕切らせてもらおうかな。エルは食べながら聞いてくれたらいいから。大体はキミへの報告だからね」
と、全員が席に付きラグナがそう告げたことでこの円卓の会議は粛々と始まったのである。
まず初めに、戦いの中で私の意識が途切れた直後から話は始まった。
コルクを中心に三日三晩戦いが続いたこと、魔物を転移させていたロキルの魔法陣はトロップが己の道具や魔力の大半を使用して強引に稼働させていたこと、トロップに枷が嵌められてからは新たな魔物の転移は起こらなかったこと。しかし魔法陣の破壊はラグナやルトにも不可能で、こればかりは私が起きるのを待つしかないという結論に達したらしい。
「黒い魔力で覆われていた敵は数体を捕えたんだ。今はその魔力も消えて元の姿に戻っているよ。騎士団の……えっと、なんて言ったかな……」
「フラング。双子の弟の方も無事に戻ったと聞いた。お前に伝えてくれとアレングに言われている」
ラグナから引き継いだサフがぶっきらぼうに告げる。そういえば黒く染まった弟のフラングをルトやネルイルの魔術で閉じ込めて置いてきていたな。無事に戻ったのなら良かった。兄のアレングもコルクたちと共に最後まで戦い抜いてくれたと言う。その話が出た時はなんだかコルクが嬉しそうだった。
話は戻り全ての元凶であるトロップ・ラトリッチ公爵令嬢だが、公開処刑になったとダフディラートは顔色も変えずに言い切った。他のほぼ全員が俯き気味に視線を落とす中で、だ。しかしと話は続いていく。
「首が落ちた直後に魔王を名乗る子供が現れた。後でシンディにも確認したが、クランデアの街で出現した魔王と同個体で間違いないそうだ」
「それは私も感じていたよ。魔力を取り返しにきたって精霊たちは言っていたけど実際は何をしに来たんだあいつは」
指先に付いた卵をペロリと舐めながらみんなの顔を見れば困ったような表情を浮かべている者がほとんどで、詳しくはわかっていないのだと悟る。ただ、血の舞う邢台に降り立ったゼグはトロップの体から抜け出た黒い魔力を大事そうに抱えて声高らかに笑ったそうだ。
——ありがとう! お前たちのおかげだよ!
そう言って。
「魔王ゼグは最後には黒いドラゴンへと姿を変え北の空へと姿を消した。あれはおそらく山脈を越えたのだろう。その先には北の大国——ダリアロアの帝国がある。追うことは不可能と判断した」
「山脈を越えた……!?」
私たちがいるこの大陸を南のローサンティスと北のダリアロアに分かつロア山脈。ルトと共に入ったダンジョンはその東側の麓に位置していた。関係の良くない両国が互いに牽制し合ったまま動かずにいるのはこの山脈の危険性が不透明であるからに他ならない。
場所によっては強力な魔物も多く生息していると聞くが、何よりもこのロア山脈にはヌシがいるとの伝承がある。それは巨人だとか呪われた獣だとか現代には様々な説があって何が正確なのかは私にも分からない。
そんな山脈を越えて帝国に入ったと見られる魔王ゼグ。しかも黒いドラゴンに姿を変えて。二月近く経っても何も変化が無いところを見れば一先ずは安心できるものの、ダリアロアの民にはローサンティスからの侵略と捉えられてもおかしくはなかったはずだ。相変わらず碌なことをしない魔王である。
「あの傍迷惑な魔王は元はと言えば山向こうの土地を住処にしていた魔物だからな。この地にいたのは転生前の自分の魔力を取り返すためだったのだろう」
「えっ……ああ、だから精霊たちは魔王は帰ったって言ったのか」
シロが言うのならば間違いはない。私の魔力に興味が無くなったのかどうかは不明だが一先ず魔王ゼグは帝国に帰ってくれたということだ。
しかし、その事実に表情を引き締めたのはダフディラートとラグナの二人である。
「ダリアロアは種族を問わない完全なる実力主義の国と聞く。魔王と言うくらいだ、それなりに地位の高い魔物なのではないか?」
「ママから北の皇帝は不在だって聞いたことはあったけど、まさかな……」
不在の皇帝。そんな話は聞いたことがないがラグナの母親——知識の精霊ラグーンの言葉を無視することはできそうにない。つまりロア山脈の向こうは丸ごと魔王が統治する土地という可能性があるわけだ。なんてこった。
「あのお嬢様の処刑は結果的に帝国の勢力を強めただけだったってわけか。皮肉なことだな」
「だけど、そもそもなんで魔王の魔力をラトリッチの家系が受け継いでいたの? 魔王は二百年も前に勇者に倒されたっていうのは有名な話でしょう? 勇者伝説はこの国じゃ子供でも知っているお伽話だもの」
乾いた笑みを浮かべたアスハイルとそれに続いたネルイルの言葉に全員の視線が一斉にコルクに向く。全く関係ないくせにビクリと肩を震わせたコルクの顔色はみるみるうちに青くなっていった。
「お、俺が知るわけないだろ……!」
「そんなこたぁわかってる。疑っている奴なんかいねぇよ。やましいことは何も無いんだからせめて堂々としといてくれ、リーダー」
「お、おう……頑張る……」
うん、コルクはコルクだな。
それはいいとして、ラトリッチと魔王の関係に疑問が残るのは確かである。二百年前の記録となると図書館になら残されているだろうか。スープを啜りながらそんなことを思っていると、横でおずおずとルトが手を挙げるのがわかった。
「ラトリッチ公爵の所有物は工房以外、土地を含めて全てエルに譲渡されたんだけどね……」
「んぐっ、」
意味のわからない言葉が聞こえて思わず咳き込んでしまう。公爵の所有物が私に譲渡されただと。いったい何を言っているんだろう。
ぐるりとみんなを見渡すと何人かがこくりと頷いて、私は頬の筋肉が引き攣るのを感じていた。
「勇者パーティにというお話も挙がっていたのですが……いろいろとあって、ならばエルにということでまとまったのです」
「それって面倒なものを押し付けられただけなんじゃ……いろいろとあったってところが気になるんだけど?」
苦笑混じりのシンディにもう一度コルクを見るとサッと目を逸らされた。なるほど、こいつ私に面倒事を押し付けたな?
「えっと、そういうことだから、先に僕とシンディでお屋敷を調べてみたんだ。別荘は地下も含めて焼けてしまって残っていなかったんだけどね」
と、そう言ったルトが何かを机に置いた。カツンと硬い音を響かせたそれは、よく見れば鍵の形をしているとわかる。もしかしなくとも公爵が所有していた図書館の地下書庫の鍵だろう。
どうやらルトとシンディはこの二月弱の間、手分けしてその中にあったものを全て外に運び出していたらしい。今は全て元ラトリッチのお屋敷にあるというから後で案内するよとルトは言った。
ともかく、疑問の解明はこれからということだ。運び出したというその資料の中に答えがあればいいのだけど。
こうしてこの話は一旦終わりとして、話題は次へと移っていく。




