二百二十二
「——エル。お前を待っていた」
祭壇の近くに降りた私に真っ先にそう告げたのは王太子であるダフディラートだった。その顔には薄く笑みが浮かんでいて、何様のつもりだと意味を込めてキッと睨みつけてしまったのは仕方がなかったと思う。肩をすくめて見せる姿のなんと白々しいことか。
「いろいろと言いたいことはあるけど、まずはあれからどれだけ時間が経ったのか聞いてもいい?」
「なるほど。それを認識していないということは本当にずっと寝ていたのだな。……ああ、いや、二月が経った。そう睨むな」
だったら素直に教えてくれたらいいのに。この王太子はどうやら取り繕うということを知らないらしい。裏表が無いのは美徳だが、いずれ国王になる者がこのままでいいのかは甚だ疑問ではあるな。
それはともかく二月とは。また随分と長く寝てしまった。先程上空から降りてくる際に見えた街はかなり復興が進んでいる様子だったからそれなりに時間は経っているのだろうと思ってはいたけれど、そうか二月か。
「……それで。この状況の説明はあるのかな」
見覚えのある聖樹の祭壇の横に立てば、何故かダフディラートだけでなく多くの人間がずらりと整列した状態でこちらを向いて膝をついているのが目に入ってきた。その中には気付きたくはなかったが国王グラムの姿まであって流石に戸惑った私は思わず何歩か後ろに下がってしまう。国王を差し置いて気安く喋りかけてくるダフディラートはどう考えても可笑しいだろう。騒動に関する全権はこいつに渡されていたらしいが、もしやそれは今も続いているのか。
そんな私の内心を知ってか知らずか立ち上がったダフディラートは大袈裟に両手を広げながらその通る声で告げるのだ。
「ここに集ったのは王族と、その後ろにいるのは騎士団だ。俺たちはあの日まで聖樹を祀り聖樹に護られて生きてきたのはお前も知っているはずだな。それが無くなった今、跡地から降り立った者を崇めるのは当然だとは思わないか」
「いや、それならシロでもいいだろ。見た通り聖樹の精霊たちだって健在だ。何故そこで私になるんだよ」
肩に乗っていたシロを手のひらに乗せて前に突き出してみても、今も私の周りにふよふよと漂っている精霊たちを指差しても、ダフディラートは首を傾げるだけでそれらに目を向けてはくれなかった。何故だ。
「お前が従えているのだろう?」
「言うことは聞いてくれるってだけで従えているわけじゃないんだけど……」
「同じじゃないか」
全然違う、と声を大にして言ってやりたい。けれど私がいくら言ったところで周囲からはそう見えてしまっているのなら意味がない。言葉に詰まって口を尖らせると、ダフディラートは爽やかに笑って「問題無さそうだな」なんて言いやがる。私にとっては問題しかないのが何故わからん。
ああ、くそ。何の用意も無しにこの男と話しているとどこまでも流されそうになる。これはいけないと思い直し、私は一度呼吸を整えてから落ち着いてまたその男に向き直った。そう何度もお前の言葉に惑わされてたまるものか。
「知っての通り私はまだ状況を把握できていないんだ。だからまずは話を聞きたい。他のことは後にしてくれないか」
「ああ、それもそうだな。承知した。城に部屋を用意させよう。続きはそこでいいか?」
この男、今の言葉は私に対して、話を聞きたいのなら王城に来いと言っているようなものであることに気が付いているのだろうか。あまりにもずけずけと来るものだから、深い考えなど無さそうに見えるのがダフディラートの不思議なところである。
しかし、わざわざ誘いに乗って懐に飛び込んでやる必要もない。私はその提案をきっぱりと断って自分の背後を指し示した。
「話をするのならこの先で十分だ。私とお前、それから数人指名するから近くにいるなら呼んできてもらえるか」
ルトとシンディはもちろん、教会の魔術師兄妹や勇者パーティ、騎士団からはサフを。この人選なら私の知りたいことも大体はわかるだろう。
あの日から二月が経った今、彼らがどこで何をしているのかは不明だが王都にいるのなら是非とも話したい。それに、人数がいた方がダフディラートの言葉の力に惑わされずに済む。
「この先には何かあるのか?」
「見ての通り今は何も。でも、椅子と机くらいなら用意できるよ」
「なるほど、わかった。ならばそうしよう」
思ったよりも簡単に引き下がってくれて助かった。
それからダフディラートは私が指名した者たちを集めるように周囲へと指示を出した後、騎士団として居合わせたサフと共に祭壇を超えて聖樹の跡地へと入ってくる。辺りを飛び回る精霊たちや、広がる白っぽい土の地面を物珍しそうに眺めている姿は少年のようにも見えてしまうから私は思わずため息が溢れた。
指名されやってきたサフはと言えば、どこか不機嫌そうな顔でじっと私を見下ろしていた。二人を引き連れて奥へと進んでいる間ずっとである。とはいえこの男に関してはこれが通常通りと知っているから特に思うところはないけども。一先ず元気そうで何よりだ。
「さて、この辺りでいいか」
祭壇の向こうにいた他の王族や騎士団からはだいぶ離れたところで足を止めた私は、魔力で結界を作る要領で先に告げた通りの椅子と机を用意した。精霊が作った塔を見たおかげで結界に厚みを持たせるくらいなら私にもできそうだと思った結果である。
なんだか前よりも魔力がより楽に細かく扱えるのは多分気のせいじゃない。おそらく借り物の魔力ではなくなったからだ。これは汎用性が高そうだからまた後でいろいろと試してみよう。
そんな魔力で作ったのは石から切り出したような椅子が十脚と大きな丸い机。これは身分も関係なく対等に話をするための円卓だ。二人もそれを察したようで思い思いの席に着く。私が座れば髪を持ってくれていた精霊たちが役目を終えて仲間たちの元へと戻っていった。
その後、他の者たちが来るまでに私たち三人の間に会話は無く、時折ちょっかいをかけてくる精霊たちを相手にしながらそれぞれが自由に過ごしていた。気付けばどこからともなく現れたペガサスの群れが私の近くで休み始めたり、その中に体も翼も他より一回り小さな個体を見つけてテテやトトを含めて再会を喜んだりと私の周りだけはずっと騒がしかったけれど。
幻獣に精霊にペガサスとどれも伝説上の生物に囲まれて談笑する私をみんながどこか遠い目で見ていたことなど気付きもしなかった。




