二百六
貴族街の東側に立つ学院は、国中の貴族のほとんどが十二歳から十八歳までを過ごす貴族の学舎だ。周囲には王都の外からやってくる子供やその従者のための宿泊棟なんかも多く建てられていて、在学中の生徒は皆基本的にその期間は王都で暮らすことになる。
魔術や剣術はもちろん、歴史、語学、算術等の最低限の知識や教養を身に付けることのできる四年間の基礎課程。その後は魔術、剣術、経営、医学等、選択制でより深く学べる三年間の専門課程がある。
サフは卒業生、シンディは従者として、それぞれ学院で過ごした経歴があるからか内部の情報には詳しかった。
「今学院が建っている場所は二千年前にロキル・アンティの研究施設があった場所だと聞いたことがある」
「ディもです。そう伝えられているというだけで本当のことはどなたも知らないようでしたが、その研究施設は今もどこかに残されているんだとか」
王城を出た私たちは学院への道を走りながら二人の話を聞いていた。
まさかロキルの研究施設があった場所に貴族の学舎が建っているとは。歴史上最も有名な魔術師と言っても過言ではないのがロキルなのだから、ゆかりの地に学舎をと考えるのもわからなくもないけれど今回ばかりは最悪だとしか言いようが無い。安全であるべき避難所に黒幕がいるようなものだ。
どういうわけか城の中には出なかった黒い敵も外に出れば相変わらず湧いてくるから鬱陶しい。戦力は十分なので今はそれぞれが敵を撃退しながら前へ進んでいる。と言っても、ベールを持つシンディが加わったことでほぼ彼女の独壇場となっているのだが。本当に頼もしい限りである。
ちなみにネルイルは学院に通ってはおらず、全て独学で学び教会の魔術師にまで上り詰めたそうだ。回復や探知等の特殊な魔術を扱える彼女の才能が飛び抜けていることは最早疑いようがないわけで。凄いと思ってはいたがやはり天才というやつだったらしい。
「あ、あのさ。もしトロップが学院にいてロキルの魔法陣までそこにあるのだとしても、僕には彼女が逃げ出すとは流石に思えないんだけど……!」
「あたしもそう思う。今回のことをいつから企てていたのかは知らないけど、ここまでやっておいて今更逃げ出すような性格かしら。聞いている限り国が滅びるのを中心で見届けそうな方よね、ラトリッチのお嬢様って」
ルトとネルイルの言葉には私も概ね同意である。あくまでも可能性とはいえ、あのトロップが計画の途中でこの王都を離れるかと言われたら私も否と返すだろう。ただ、逃げられるのが最悪の事態であることに変わりはない。だからこそ今は一刻も早く学院へ向かうべきだ。
そうして進んでいるうちにどこからともなく獣の鳴き声が私たちの耳に入ってくる。そこには地面を揺らす程の強い衝撃音や人の悲鳴なんかも混ざっていて、まさかと嫌な予感が脳裏を過ったのは私だけではなかったはずだ。
「あの女、もしかして学院に魔物を呼び込んだのか……!?」
転移を逃げるためではなく、魔物を呼び込む為に使っている。そう思うと最近になって各地で魔物の異常が発生し始めたのもこのための布石だったと思えてくるから頭が痛い。
本当に、いったいいつからこんな壮大な復讐劇を企てていたんだろうな!?
上空では勇者パーティを中心とした多くの魔術師たちと黒い幻獣との戦いが繰り広げられ、王城や聖樹周辺の貴族街では黒い人型の敵が、そして貴族の避難所にもなっていると思われる学院には外から呼び込まれた魔物たちが暴れている。最早王都は戦場である。これがたった一人の企てで起きているかもしれないのだから恐ろしい。
そんな嫌な予感をそれぞれが抱えつつ、辿り着いた学院で私たちが見たものは……。
「これは、」
足を止めたのは思わず進むのを躊躇ってしまったせいだった。私自身が一瞬怖気付いたと言ってもいい。
神殿の周辺で見た巨大化した魔物たち、湖にいた化石の魔物、その他に本にも載っていない見たことの無い魔物たち。それらが見渡す限り一帯の広い学院の敷地内に無情にも解き放たれている。
今学院に集まっているのは魔術を扱える貴族だけ。その為あちらこちらで魔物を攻撃する魔術の光が見えてはいるが、どれひとつとして大したダメージにはなっていないようだった。
崩れて原型を留めていない建物、地面を染める赤、そこに沈む人影、悲鳴と泣き叫ぶ声。地獄絵図と言いたくなるほど酷い光景を目の当たりにして、最初に我に返った私は思わず叫ぶ。
「——トロップはッ!?」
「っ、探してみる!」
ネルイルの探知魔術が発動すれば一斉に向けられる魔物の視線。ゾッと背筋が凍った気がした。
視界の隅でカッと青白い光が見えた次の瞬間には真っ直ぐに撃ち込まれる魔力砲。咄嗟に前に出たシンディがベールでそれを吸収してくれたおかげで事なきを得たものの、すぐさま追撃がやってくる。
巨大化した魔物たちは元が小型のものならば個別に対処が可能だが、ブラックサーペント級の大型となればシンディでも一人で相手にはできそうにない。だから一先ず私たちはネルイルを護るよう固まって魔物の攻撃を弾くことに専念した。
「……見つけた!北の宿泊棟裏、演習場!」
その声が聞こえた瞬間に全員が動き出す。散乱する瓦礫の中を魔物の攻撃を避け、響き渡る悲鳴に耳を傾けないようにしながら。今はただ元凶に辿り着くために、走る。
そして。
崩れた宿泊棟を超えると空高く聳える聖樹が真っ先に視界に飛び込んできた。流石は国中の貴族が集まる王都の学院。遮るものも無く、聖樹がよく見える広い演習場である。
私はそんな演習場の中心に、強く輝く紫色の光を見た。




