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放浪のエル  作者: ゆう梨
第五章
207/211

二百五



 返答を聞いたダフディラートは満足そうに頷くと、その場にいる私たちをぐるりと見渡して最後にシンディに目を向けた。その彼女は視線を受けて黙ったままこくりと頷いている。視線だけでやり取りをするとは。この短期間で随分と打ち解けたものである。



「まずはこの場へ来てくれたことに感謝を」



 そうして今度は躊躇いもなく頭を下げるから驚いた。これを王太子であるダフディラートがやっているものだから私たちは何も言えずに黙って話を聞くことになる。

 


「俺たちも手を拱いていた所だ。人手が欲しい。納得のいかない者もいるだろうがここに集った皆にはこの騒動を収めるために動いてもらいたいのだ。城で保管している枷の在り方はシンディが知っている。エル、お前の判断でいくらでも使ってくれて構わない」


「……正直私はあの女を捕らえた程度で事態が収まるとは思わない。疑わしきものは罰する。その考えだけはペールバルクに賛同しているとだけは伝えておくよ」


「ああ。その時は俺もまた改めて考えよう」



 どうしようもなくなったらその時は私の判断であの女を始末する。そう伝えたつもりだがダフディラートはそれを正しく受け取ってくれたのだろうか。相変わらずこの男は何に対しても態度が変わらなくて話が通じているのかもわからない。正直凄く疲れる。


 でもまぁ、一先ずは私の疑いも保留にしてくれると言うし、ダフディラートの命を受けているとなれば城内を自由に動き回れるから有り難い。ならば私たちは早速トロップとその従者ウィンの捜索に移らせてもらうとしよう。



「皆さん、行きましょう」



 シンディの言葉に私たちは一斉に動き出した。入ってきた扉からまた廊下へと。出る前に一度振り向けば静かに見送るダフディラートの姿が目に入る。



「あの方もああ見えて必死なのですよ。今までこのような大事の指揮など取ったことは一度も無いと仰っていましたから。今回は王になるためには避けては通れぬ道だと国王陛下に全権を託されたのです」


「なるほど、だから国王はあの場で何も言わずに見ていたんだな。息子の王太子としての資質を見ていたか」



 ダフディラートもそれなりに頑張っているのだな。正直そうは見えなかったが私よりもあいつを知っているシンディが言うのなら多分そうなのだろう。

 

 それにしてもこんな国の一大事に指揮権を丸投げするとは国王も大胆なことをする。それだけダフディラートの資質に期待しているのか、それともこの騒動の全責任を自分が負う気でいるのか。国王の考えなど私にはわからないが、この国が転換期を迎えようとしていることはなんとなくだが理解した。





 それから私たちはシンディの案内で王城の地下へと赴き、私を除いた手の空いている者で牢の近くの倉庫で道具を物色しながら、ネルイルには魔術でトロップたちの居場所を捜索してもらう。

 彼女が使うのは私もリガンタの街で一度見た風の魔術の応用技、探知の魔術。姿の見えない者を探すのに適した魔術ではあるが、これは誰でも使えるような単純なものではない。ここにいる者の中でも使えるのはネルイルだけだった。



「地下にはいない……一階にも……上の方はまだわからないけど、そんな逃げ場のないところへ行くかしら……こうなるともう城の外に出ていても不思議じゃないわよね……」


「トロップが管理しているラトリッチの別荘とか?」



 あの別荘は地下に不気味な施設が併設されているとは知らずに私も一泊した場所だ。トロップが向かいそうな場所として私が真っ先に思い起こすのはそこである。しかしそんな誰でも思いつきそうなところに逃げ込むわけもないかとすぐに考えを改めた。

 他に考えられるとすればラトリッチの本家とか、所有している工房とか、爺さんもいる学舎とか。まさか既に街を出ているなんてことはないだろうな?


 考え込む私にネルイルは「そういえば」と魔術を使いながら別の話題を振ってくる。



「最近よく聞く魔物の異常は大昔の機械が原因だったってラグナに聞いたけど、それは本当?」


「ん?ああ。でもそれは今関係無いんじゃ……」



 待てよ、とふと言葉を飲み込んでまた考えを巡らせる。魔物の異常を引き起こしていたロキルの魔法陣とその動力のこと。目に見えてわかる異常の種類は様々あったものの、元を正せばあれは大昔に使われていたと思われる転移の魔法。ロキルの子孫でもあるトロップがあの魔法を正しく使えるとしたら、一瞬で国のどこへでも移動が可能なのではないか。



「それを聞いてあたしたちも彼女については少し調べてみたんだけどね、ラトリッチの家系って二百年前の魔王討伐にも関わっているらしいのよ」


「そう、だな。悪魔とどこかで交わったかとエラも言って……ん?魔王?」



 思わず横にいるネルイルを見上げると、同じようにこちらを見た彼女と目が合った。その視線だけで嫌な予感がどこからともなく湧いてくる。



「魔王は当時の勇者とその仲間によって倒された……わけじゃない?」


「倒されたのは事実だと思う。でも、ラトリッチの家系が表に出てきたのもその頃だって話なのよ」



 勇者伝説の裏でラトリッチの人間が暗躍していたことは私もミカエルから聞いている。勇者を誑かし、聖女を操り、自分は動かないまま魔王を討伐させた。——それは、国のため?



「本来魔力というものは本当に特殊な場合でない限り性質は変化しないもの。エルは特異中の特異だからあまり不思議に思わないかもしれないけど、あのお嬢様が二種類の魔力を使い分けているんじゃないかと話に上がった時はあたしもお兄ちゃんもラグナもそれはそれは驚いたものよ」


「使い分けている、か。確かに」



 私が見たロキルの魔法陣は紫色の魔力で書かれていた。旅の途中で見た魔術具に込められていた魔力も紫。あれを作ったのがトロップならロキルの子孫として魔力の系統が似ているのも不思議ではない。


 では、あの結晶体の黒は。シロや他の人間たちを染めている黒い魔力は。レイランの周りに漂っていたという、私も聖樹の頂上で見た黒い煙のようなものは。



「二百年前に倒された魔王の魔力?いや、そんな、まさか……」


「確証はないけどね。でも、ラトリッチの人間が魔物を魔力として使う機械の開発技術を持っていたこと、勇者伝説にも関わりがあることを考えれば可能性はあるってあたしたちは思ってる」



 どうやら私が聖樹を登っている間にネルイルたちもいろいろと調べてくれていたらしい。それ自体は本当に有り難いことなのだけど、出てきた内容が内容だけに喜べないのは仕方がなかったと思う。だって、この仮説が本当ならこれから私たちは二百年前に存在したとされる魔王を相手にするのと同じことだから。


 クランデアの街での騒動で現魔王であるゼグは本来の力を出しきれていないようなことを言っていた。それでもあの強さだったから魔王と名が付くだけで気が重くなってくる。


 

 トロップはゼグとの繋がりがあって、聖樹の結界が消えたらゼグが悪魔を引き連れて襲ってくるんじゃないかと私は思っていたのだけど。実際はトロップ一人で魔王と同等の厄介さがあったとすれば流石に頭を抱えざるを得ないのだが。差し詰めあの黒い敵は悪魔か。……冗談じゃない。今の私にそんな奴らと戦う力なんてもう残っているわけがない。


 ダメだな、今考えると勝てない理由ばかりが浮かんでくる。一旦思考を切り替えよう。



「……それはともかく、まずは居場所だ。例えばロキルの魔法陣がこの王都にもあるとしたらそれはいったいどこだと思う?」



 トロップがロキルの魔法陣を扱えるのだとしたら転移を使った逃走だって考えられる。今はその可能性を潰す方が先だ。

 私は王都に詳しくはなく、そんな場所に心当たりがなくて倉庫を物色していた他のみんなにも聞こえるように言葉を投げかけると、サフとシンディが同時にこちらを見て口を開くのがわかった。



「学院だ」


「学院です」



 二人の口から出てきたのは全く同じ施設の名。今は多くの子供たちを始めとした貴族が避難していると思われる貴族街の学院だ。

 

 その場が真っ先に候補に挙がったことで私たちの緊張感は一気に高まったのである。



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