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放浪のエル  作者: ゆう梨
第五章
205/212

二百三



 強い揺れが落ち着き硬く瞑っていた目を恐る恐る開けると、すぐ近くに血の滴るサフの顔があって自分が彼に庇われたことを知る。申し訳なさと後悔が次から次へと湧いてきたけれど、今の自分に何かができたわけもないことだけはしっかりと理解していた。



「……ありがとう。怪我の具合は?」


「別に、お前に心配されるほどのものじゃない」



 そう言ってすぐに袖で血を拭ったサフは体を起こして周囲を見渡した。私も同じように辺りを見れば、先程までいた廊下の一部が崩れて瓦礫が散乱しているのが目に入る。その原因は突如外から凄い早さで突っ込んできた赤い光の正体に他ならなかった。


 私が忘れるはずもない。幻獣の赤い目。体の色が白から黒に変わってもそこだけは変わらなかったらしい。



「シロ……」



 崩れて剥き出しになった廊下にもぞりと蠢く大きな黒い物体がある。その物体が被った瓦礫を落としながら重たそうに体を持ち上げると、怪しく光る赤い目の付いた頭部が私たちにも見えてきた。その足元では巻き込まれた警備兵たちが瓦礫と血溜まりの中に沈んでいる。あれはもう息がないかもしれない。生きていたとしてもこの状況では助けに入ることなど不可能だ。


 

 魔術の光によって浮かび上がる魔物の体は、柔らかくふかふかで温かいシロの羽とは全く違う、酷く冷たい印象のある黒く鋭い羽を持っていた。輪郭が時折揺らめいてよく見れば微かにあの女の目を思い起こす紫の魔力も混ざっている。たったそれだけのことがどうにも許せなくて、無意識に漏れ出た私の魔力が近くの瓦礫をカタカタと揺らしていた。



「っ抑えろ、これ以上崩れたらどうする!」


「あ……ごめん……」



 でも、無理だ。抑えろと言われても沸々と湧き上がってくるこの感情が邪魔をするんだ。


 これだけ近くで見れば嫌でもわかる。あの黒い魔物は間違いなくシロだ。色も纏う雰囲気も違うけれど、いつも頭の中に聞こえてきていた声も今は無いけれど。圧倒的な存在感と刺さるような威圧感、そして今ひしひしと伝わってくる感情はシロの過去を垣間見た時のものによく似ていると思った。


 耳に入るのは獣のようなグルグルと唸る音。何かを探しているのかそれとも不快感からのものか、しきりに頭を左右に振っている。元の意識があるのかどうかすら判断は付かないけれど、その様子が酷く怒っているようにこの時の私には見えたんだ。


 そんな魔物に目を奪われていると、二つの赤い光が不意にこちらを向くのがわかった。すぐ目の前で息を飲んだサフが剣を構えて私を背に隠す。



「いくらお前でも、あれと意思の疎通が可能だとは思えないが」



 苦笑混じりの声だった。笑ってでもいないと迫力に飲み込まれてしまいそうだというサフの心境は嫌でもわかる。けれど私は何と言ったらいいのかわからず口を開いては閉じてを繰り返すばかりで、結局は言葉を発せずに黙るしかできなかった。


 そうしているうちにシロは何かに反応したように私たちから目を逸らして光が灯る空を見る。体勢を変え大きな翼を広げてバサリバサリと羽ばたくと、揺らめく黒い体が空中に浮かび上がっていく。

 

 空にまた別の光が見えたのはその直後。

 

 流星のように降ってきたそれは剣を持った人間だった。肩の辺りに構えた剣を突き出して飛んできた勢いそのままに幻獣に突っ込んでいく。しかしその攻撃は幻獣が生成した結界を破壊するには至らず破裂音のような音を響かせて簡単に弾き返されてしまう。ハッとしてサフの肩に手を置いて顔を出すと、その人物が私に気付いて目が合ったのがわかった。



「コルク!」


「エル……!?」



 何でそんなところにと言っているのが聞こえた気がしたけれど、すぐさまコルクに襲いかかっていくシロが起こした風が辺りに吹き荒れて、私たちは瓦礫に捕まることでそれをやり過ごす。風が止んで顔を上げた時にはシロもコルクももう近くにはいなかった。



「今のは確か……」


「勇者だよ。あの魔物はあいつに任せておいて大丈夫だ。行こう」



 コルクがいるなら近くにラグナやダーガンもいるはずだ。あのパーティならばきっと上手くやってくれる。だからこそ私たちは私たちの目的を。そう思って振り向けば、後ろにいた二人はネルイルが魔術で咄嗟に植物の壁を張ったようで怪我も無く無事に見えた。行けるかと問えば肯定が返ってくる。



「サフ。先に行ってくれ。私たちは後を着いて行くから」



 私がそう言えばサフは眉を寄せてジッとこちらを睨んでいたけれど最後には渋々といった様子で頷いた。

 怪我をしている奴に運んでもらうのは流石にな。大丈夫、私もだいぶ回復してきているし、ここまで来て逃げたりもしないさ。


 こうして私たちはサフを先頭に廊下を進み始めた。崩れた部分はサフやネルイルが魔術で足場を作ってくれたのでその上を通って。シンディがいるであろう謁見の間まではここからそう遠くはない。



「あの魔物、お前のことがわかっていた」


「……うん」



 前を行くサフから投げかけられた言葉に、私は隠しきれずにいた喜びを噛み締めていた。シロはあんな状態でも私を確かに認識していたから。だから目が合っても襲ってくることはなかったし、私たちに気付いていなかったコルクの攻撃からも護ってくれた。

 完全に無差別に暴れているわけじゃない。それがわかっただけでも不思議と体が軽くなってくる。私が黒い魔力を消せば元に戻るはずだと信じることも今ならできる。なんだか一気に視界が開けた気がするから不思議だった。



 


 廊下をしばらく進めば他のものよりも遥かに大きく立派な扉が目に入ってくる。その両側には騎士団の服を着た人間が二人立っていて、現れたサフの姿を見て戸惑いの声をあげていた。

 しかし、当然すんなりと通してくれるはずもない。ならばと二人がかりで止められたサフの横から飛び出た私がサクッと意識を刈り取って地面に沈める。この時ばかりはサフも余計な口出しはしなかった。


 

 護りの無くなった扉を開ける。重い扉だ。今の私には開けることすらできそうもなくて、結構サフに開けてもらった。そうして中に入れば、そこにいた人間たちの視線が一斉にこちらへ向けられる。


 

 中央で膝を付いているのは、輝く金色に混ざる赤の髪を持つ男。これはペールバルクだ。その横には騎士団の人間が数人。王座には金髪の男。あれがこの国の現国王グラム。王座の横にも男が数人。それからペールバルクとは逆で赤髪に金色が混ざった男が一人。あいつがダフディラートか。そして。



「――エル!!」



 クランデアの街で贈られた踊り子の衣装と彼女の武器でもあるベールを身に纏ったシンディが私を見付けて嬉しそうな声をあげた。



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