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放浪のエル  作者: ゆう梨
第五章
204/210

二百二



 サフはその場にいた騎士団の人間たちに幾つか指示を出した後、私を小脇に抱えたまま城壁を上り始めるから驚いた。わざわざ魔術で氷の足場を壁に作り、そこを軽やかに上っていくのである。私の驚きはどちらかと言えばその迷いの無さへのものだった。


 

「騎士団の人間がこんなことしていいのか……」


「緊急事態なんだろ。王太子殿下に会うならこの方が早い」


「それは確かにそうなんだろうけど」



 抱えられたまま後ろを見れば、ルトとネルイルも私たちを追いかけてきているようだ。前を見れば時折現れる黒い敵をサフが剣で蹴散らしていく。その際に速度が緩むこともない。揺れが酷くて居心地はとんでもなく悪いものの、この様子なら任せてしまって問題ないかもしれないな。


 そう思って私は周囲の状況を把握するために街の方へと意識を向けた。


 壁を上がる度に見渡せる範囲が多くなる。空に打ち上がっていた光が全て消えて辺りが真っ暗になったかと思えば、またどこからか新しい光が昇り空を明るく照らしてくれる。魔力の雨のせいであまり遠くまでは見渡せないのだけれど、それでも得られる情報はあった。



「あの黒い奴らは城の周りに集まっているんだな。まるで王城に攻めてきているみたいだ」


「聖樹の周りも多かったな。そっちも別の団員が対処に当たっている。俺たちは居合わせたペールバルク殿下とトロップ嬢を城へ送り届けた後だった」



 城壁の頂上に辿り着き、ここからまた少し距離のある城までどうするのかと思っていれば、今度は氷の柱を生やしてその上を飛んで渡りながら城へと近付いて行くではないか。そうして城の麓まで来ればまた先程と同じように足場を作って上り始める。杖も無いのにこれだけの魔術を扱えるなんて、サフは騎士としてだけでなく魔術師としても優秀な男らしい。



 外壁を上り始めると、城の向こうに佇む聖樹がだんだんと見えるようになってくる。聖樹は相変わらず空に真っ直ぐ伸びる巨大な木だ。ここからでは頂上の影すら見えない。

 これを一度は登り切ったのだと思うと胸の奥の方がムズムズとくすぐったいような感覚になるのだが、今の自分の姿を思うと情けなさが前に出てくるから上がった体温もすぐに冷めていく。せめてもう少し達成感に浸れる時間があればよかったのに。

 

 そんな聖樹をよく見ると、太い幹の周りを囲むように薄らと光る輪があることに気付く。あれは登った時には無かったものだ。それも一つや二つではなく、一定の間隔を開けてずっと上まで続いている。あの光はなんだ、と思わず呟いた私の言葉に反応したのは、絶対に出てくるなと伝えておいたはずの精霊たちだ。



「魔法陣だよ!展開はもう終わってるってエラの魔法は言ってるよ!」


「合図をくれたらいつでも魔法は発動できるってエラの魔法は言ってるよ!」



 私が出てくるなと言ったのは貴族連中や騎士団に精霊の存在が知られたらまた面倒なことになりかねないと思ったからなのだけど。私が着ているローブの中から聞こえた声にサフは睨むようにこちらを見下ろしてくるから私は目を逸らすのに必死だった。



「お前、また何かやらかす気か」


「まだ何もやってない……」


「今の声はなんだ。魔法陣……魔法、だと……?」


「おい、そんなことより前を見ろ、前を!」



 都合の悪い話は逸らすに限る。突然進行方向に湧いて出た黒い敵を指差して叫べば、次の瞬間にはそちらを見ることもなく剣を振ったサフによって敵はいとも簡単に真っ二つに斬られていた。少しくらい苦戦しろよと思ってしまうのは何故だろう。



「まぁいい。後で吐かせる」



 その氷のように冷たい声に私は背筋に寒気が走るのを感じていた。



 それはさておき。王城には幾つかの塔があり、王やその関係者は中でも一番大きな塔の中腹にある謁見の間にて戦況を見ているだろうとのことだった。ペールバルクやトロップもいるかどうかは不明だが、ダフディラートやシンディはそこにいるはずだとサフは言う。

 そうして近場の窓を蹴破って迷うこと無く廊下に降り立ったサフに、騎士というよりも盗賊みたいだなとつい口を滑らせたらギロリと睨まれた。本当にそう思ってしまったのだから仕方がないじゃないか。


 

 逸れるのはまずいと言えば、後を追いかけて来ているルトとネルイルが到着するのを待ってくれるらしい。その間にサフに頼んで別の窓から外を見させてもらうと、貴族街を囲む防壁の更に向こうの空までがぼんやりとだが見えていた。相変わらず降り続けている魔力の雨と、魔術師たちが打ち上げている魔術の光を視界に捉えつつ、つい探してしまうのは皆が黒い炎の鳥と言うあの魔物。

 

 できることなら一度でいいから姿が見たい。それが何であるのかを自分の目で見て判断したい。そう思ってしまうのは、私は転生した後の幻獣の姿をまだ一度も見ていないからだ。



「シロ……」



 名前を呼んだところで聞こえるはずもない。契約も消えてしまっていて私とシロを繋ぐものも何一つ無い。そんなことはわかっている。それでも窓に縋り付くようにしてその先をジッと見つめる私をサフは黙って放っておいてくれるから有り難かった。



「もうっ!早すぎ!」


「や、やっと追いついた……」



 後から来た二人が息を切らせながら廊下に座り込む。流石のネルイルも体力面では騎士団の人間には敵わないらしい。


 サフはそんな二人と一言二言やり取りをして、そろそろ行くぞ窓の外を見たままの私にも声をかけてきた。その時だ。バタバタと廊下の奥から足音が複数聞こえてくる。それから「音がしたのは向こうだ!」という野太い声も。どうやら窓を割った音で城内の警備兵に気付かれてしまったようである。



「面倒だな……手っ取り早く倒して行くか……」


「お前、やっぱり盗賊の方が向いているんじゃ――」



 思わずそこで言葉を切ったのは、窓の向こうの黒い空に一瞬赤く輝く光を見た気がしたからだ。



「あれは、」


「いたぞ!……って、騎士団!?」



 バタバタと聞こえていた足音が廊下の先で止まったのがわかる。相手にもこちらの姿が見えたようで、サフの服装から騎士団の人間であることは一瞬で割れた。それはいい。



「取り急ぎ王太子殿下にお目通り願いたい。それからトロップ嬢の居場所がわかる者がいれば、」


「サフ、おい、サフ……」


「……なんだ」



 腹に回ったままの腕を軽く叩いて名を呼ぶとサフは小さく返事をしてくれた。私は窓の向こうから目を離すことができなくて、そのまま立てた人差し指で視線の先を指し示す。体の動きからサフが私と同じ窓を覗き込んだことだけはわかった。

 


 気のせいじゃない。赤い光が見える。空を照らす魔術の光とは別に、黒い空に浮かび上がる赤く輝く強い光が二つ。


 それはだんだんと鮮明さを増し、次第にその周囲に揺らめく輪郭が薄らと見え始める。息を飲んだのは多分、私もサフも同時だった。



「――逃げろ!!」



 声を上げたのも、おそらくは同時。



 廊下の奥にいた警備兵の集団を私の目が捉えたのはほんの一瞬で、直後にサフに抱え込まれて私の視界は黒く染まる。


 強烈な破壊音が響き渡り、激しい揺れに襲われたのはそれから間も無くだった。



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