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放浪のエル  作者: ゆう梨
第五章
203/211

二百一



 私がアレングに頼みたいのは街の南の応援だ。勇者パーティを始めとした高ランクの冒険者と教会の魔術師にマガドワの爺さんまでいるはずなのにその戦況は良くないという。ならば少しでも頼りになりそうな奴に行ってもらいたい。



「私はお前の実力も知らないし、お前が一人向かったところでどうにかなるものでもないのはわかる。けど、負傷者の救護でも何でもいいから手を貸してやってほしい」



 騎士団に所属しているということはアレングもまた貴族の人間なのだと思う。積極的に平民を護るのは教会の魔術師の領分で、騎士団の人間がそれに手を貸すことは稀だというのも知っている。しかし今身分を理由に平民を護らないと言い出すならば騎士団の信用だって地に落ちるだろう。……まぁ、信用に関しては私の知ったことではないのだけど。


 私の話を聞いて少し呼吸も落ち着いてきたアレングは、ふとその視線を弟に向けて目を細めて話し出した。



「俺たちはまだ騎士団に入団してから三年も経っていない下っ端も同然の奴らなんだよ。試験の時だって俺たちなんかよりよっぽどすげぇ奴がいたってのにっ」


「……ちょっと待て。何の話だ?」


「勇者だよ、勇者コルク。俺たちはあいつと同じ時に騎士団の試験を受けたんだ」



 そういえば、コルクは騎士団の募集を聞きつけて集落を出たと聞いた気がする。再会した時に勇者なんてやっていたから違う道を選んだのかと思っていたのだが、アレングの話が本当ならコルクは確かに騎士団の試験を受けて実力を示したにも関わらず落ちたということになるのではないか。平民からも入団者を募っておいて結局は身分で落としたのだとしたら――



「あいつ、剣の腕は飛び抜けて良かったくせに文字の読み書きができないせいで落ちやがって。勉強しとけよ」


「ああ、そういう」


「勇者とかかっけぇ名で呼ばれやがって。共闘できるってんなら良い機会だ。俺の方が強くなったって証明してやる……!」


「そうだな。まぁ、頑張れ」



 男の意地とか私にはわからん。行ってくれる気になったのならそれでいいや。あとは勝手にやってくれ。


 こちらに視線を戻し、ようやく騎士らしく背筋を伸ばして立ったアレングは頼もしい青年に見えるから不思議だった。



「ちび――いや、エル。それとルトだったか。お前は確か教会のネルイルだな。改めて、助けてくれてありがとう。それから……フラングを頼む」


「やれるだけやってみるよ」


「あのドラゴンたちは少し乱暴だけどちゃんと護ってはくれるんだ。だから心配しないでね」


「お互い油断だけはしないように気を付けましょう」


「あっ、騎士団のみんなは全部エルの仕業だと思っているから気をつけろよ!」



 と、最後にあまり聞きたくなかったことを言い残して去っていったアレングは、きっとコルクと共に目覚ましい活躍を見せてくれるのだろうなと私は何となく思うのだった。



 

 

 その後、残された黒いフラングをドラゴンと共にネルイルの魔術で植物の檻に閉じ込めたり、更にはその周りにルトの術式で風の防壁を作ったりと誰も近寄れないように細工をしてから私たちは再び王城へと走り出す。

 二人の魔術が保つ時間は数刻だと言うからそれまでに全てを終わらせなければ。

 

 

 走りながらルトがラトリッチの別荘の地下で見たものを詳しく聞いてみると、培養器に入っていたのは人骨に所々肉が残った状態で蠢くアンデッドのようなものだと言うから聞いていて気分が悪くなりそうだった。例え元が人だとしても当然ながらその状態で生きているはずがない。もしアレングの言った大量の黒い人型の何かが地下にいたそいつらなのだとしても黒い魔力の持ち主を消したところで生き返るなんてことにはならないと思うから。その点生きながらに姿を変えられたフラングはまだ希望はありそうだ。

 


 貴族街を進めば道端に転がっている黒い物体も多く見られるようになってくる。あの黒いフラングを実際に見た後だからその正体もわかるというものだが、気になるのはこの街で暮らしていた人の姿が全く見えないこと。

 

 貴族街の大きな施設と考えて真っ先に頭に浮かぶのは学院だ。犠牲も少なく全員がそちらに避難できているとしたら貴族は日頃から危機意識が備わっていたのだと思う。裏を返せば少なくとも聖樹の結界が永遠ではないと勘付いていたということだ。


 

 王城の城壁の側まで来ると、転がっていない黒い奴らが騎士団の人間と戦っているのが見えた。だがそこは流石は騎士団と言ったところで一人が複数体を相手にしても十分戦えているようである。

 

 しかし黒い奴らは斬られた側から湧いてきているように見えるのは何なのか。ふと脳裏を過ったのはリランの村で遭遇したレイスだが……



「――エル!」



 ルトに名を呼ばれ我に返った私は、腰から剣を抜いて襲いかかってきたそれを咄嗟に体の横で受け止めた。手足を強化していても押し負けそうな威力の剣だ。その向こうに見えるのは空の青を思い出させる長い髪。向けられる殺気に冷や汗が止まらないのに不思議と口角が上がる。



「私と戦っている場合なのか」


「あんな雑魚は他の奴らに任せておけばいい」



 剣に魔力を流していく。イメージするのはもちろん炎。

 


「それは私の実力を認めてくれているって受け取っていいのか、なッ!」



 ゴウッと一瞬で燃え上がった私の剣を見て瞬時に身を引いたそいつがこれ以上離れてしまう前に。振り抜いた剣から放たれた炎は次の瞬間突如現れた氷の壁と衝突して相殺される。そうして立ち込める水蒸気の中を悠々と歩いて来る男は、スイストンの街で会った青い騎士。氷の魔術師を姉に持つサファイアことサフだった。



「危険性は認めてやる。大人しく捕まれ」


「私は何もやって――いや、結界を消したのは私だけど、それ以外は冤罪だぞ」


「容疑者の言葉を鵜呑みにすると思っているのか」


「思わないな」



 歩いていたサフが体勢を低くした。かと思えばあっという間に距離が詰められて激しい剣の撃ち合いになる。大人しく捕まれと言うくせに殺す気かと思うくらいの容赦のない攻撃だ。

 既に満身創痍の私は防戦一方になるばかりで戦いにすらなっていなかった。魔術も使えるくせに剣一本で仕掛けてくるところを見ると、確かに手加減はされているのだろうけど。


 横から迫る剣を受け止め衝撃で痺れる手を魔術で更に強化する。何とか押し返して距離を取れば、疲労からか自分の息が乱れてきているのがわかった。長引かせるのはダメだ。温存とか言っていられる場合じゃない。そう思って頭に術式を巡らせ始めたところでズキリと刺すような頭痛に襲われる。視界が揺れてふらりとよろけた私を見逃すほどサフもバカじゃない。


 強化もできずに蹴られた私は、軽く吹っ飛んで近くの塀にぶつかって落ちた。



「そんな状態で動くな、バカ」


「っ、あ、れ。わたし、もしかして……おまえにしんぱい、されてる……?」



 蹴られた横っ腹が普通に痛い。いや、凄く痛い。けれどまだ意識はあって地面に倒れながらも視線を上げると、どこか不機嫌そうな顔のサフがすぐそこに立っていた。



「大人しく捕まっておけ。冤罪だと証明されればすぐに釈放されるだろ。そんな状態でうろうろされる方が迷惑だ」


「えぇ……それなら、たたかうひつようなかった、じゃん……」


「言って聞くのか」


「きかないかも」



 サフなりの優しさと言えばそうなのかもしれない。私は自分の体が動く限り無茶でも進む性分だから。そういう奴を止めるには、物理的に動けなくするのが一番有効な手段である。私でもきっとそうするだろう。



「バカは貴方の方でしょう!」


「いッ!」



 そんな声と共にカツーン!と音がしたかと思えば、サフが脳天を両手で押さえて蹲るのが目に入った。すぐさま私の方に駆け寄ってきたネルイルの手には容赦なくサフの頭を殴りつけた杖がある。



「今のエルは動けているのが奇跡みたいな状態なんだからこれ以上無茶させないで!」


「だから、大人しくさせようと……」


「戦う前に話をしなさいって言ってんのよ!!」



 あまりの迫力に彼女の回復魔術を受けながら私の方まで謝罪の言葉が口を衝いて出ていった。そういえばネルイルやアスハイルとサフは幼馴染だったなと思い返す。互いに愛称で呼び合うくらいには親しくしている相手にも関わらず容赦が無いところを見ると、なんともわかりやすい力関係だ。


 ネルイルはすぐに近くに群がってきた敵の相手をサフに指示し、背中を完全に任せて回復魔術に専念しながらこちらが掴んでいる情報を彼に共有しているようだった。



「とにかく、あの鳥の魔物を落ち着かせる為にもエルにはいてもらわなきゃいけないの。もし黒い魔力が消えて正気に戻ってくれたとしても、そのまま立ち去ってくれるとは限らない。この国にとっての脅威であることに変わりはないのよ」


「そいつがいれば意思の疎通が可能かもしれない、か。それはわかったがあのお嬢様を今のそいつにどうにかできるとは思えないな。側にはウィンがいるんだぞ」


「それこそ騎士団に動いてほしいけど……この黒いのも相手してもらわないと困るわね。お嬢様の方はダフディラート殿下にお力添えいただけるよう交渉してみるしかないわ。シンディのこともあるし、その仲間の言葉を無碍にはしないと願いたいわね」



 頭の上で交わされる会話に私は着いていくことができず、大人しく呼吸を整えることに集中する。

 

 サフとの短い戦闘で今の自分の限界はだいたい理解することができた。しかし、まさかこんなにも動けないとは。魔術はともかく体の方はネルイルの言葉通り動けているのが奇跡としか言う他ない状態である。先程まで死にかけていたのだから当然と言えば当然なのだけど。



「だが、疑いのかかったそいつを野放しにしておくことはできない。俺も行く。貸せ」


「えっ!?ちょっと!!」



 呼吸も落ち着き、ようやく頭痛も引いてきたと安堵していたら次にやってきたのはどこかで覚えのある浮遊感だった。腹の辺りに回る硬い感覚。だらりと垂れた手足の不安定さ。アスハイルにもこうやって小脇に抱えられたことがあったなと呑気に考えていると、急に走り出したサフには流石に文句を言ってやりたくなった。しかもこの状態で普通に敵を斬り始めるから慌てて後を着いてくるネルイルの怒号が街に響き渡る。



 王城の城壁の前に来ると、そんな私たちの姿を見たルトや他の騎士団連中がポカンと口を開けているのが目に入った。


 正直助けてほしいのだけど、この場でサフから私を引き剥がせる者がいるとはどうにも思えず、仕方がないかと今回は黙って運ばれることにした。



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