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放浪のエル  作者: ゆう梨
第五章
200/210

百九十八



 それよりも貴女よ、とネルイルが回復魔術を使いながら私の顔を覗き込んできた。その目はまたジトッとしたものである。



「エルが聖樹を登っていたのは知っていたけど、精霊とかペガサスとか手懐けて帰ってくるなんて誰も思っていなかったんだから。ペガサスの群れが意識のない貴女を護りながら街中に降りてきた時は流石に目を疑ったわ」


「あれには僕も驚いたな。まさかあのペガサスたちを全員テイムしたわけじゃないだろう?」


「そんなわけない……けど、そんなことになっていたのか……」



 確かにペガサスとはシロの寝床で少なからず交流があるけれど。でもそれはあの飛べないペガサスだけの話で、他の個体とは何も無かったはずである。頂上付近では幾つかの群れは見かけたが様子見をされていただけで戦闘にすらなっていない。そんな奴らが私を助けて地上に戻してくれたというのか。いったい何故?



「ペガサスは同族同士の仲間意識が特に強い魔物だからね」


「あ、なるほど」


「心当たりはありそうだ。精霊たちはキミを凄く慕っていたようだったけど、そっちは何があったんだい?」


「あいつらは案内役というか、エラの言葉を届けてくれていて――って、そうだ、その精霊たちは今どこに?」



 ルトとネルイルが存在を知っているということは、精霊たちも一緒に地上に降りて来ているのだと思う。けれど少なくともこのエントランスホールに二人の姿は無さそうだ。



「あの精霊たちならライブラと一緒にこの図書館を護ってくれているよ。彼女はラグナと同じで半精霊だそうだから精霊とは相性がいいんだって」


「そうか……話せる余裕はありそうかな?」



 図書館の職員でもあるライブラはやはり半精霊だったようだ。ラグナをお姉様と呼んでいたり、容姿が似ていることからなんとなく予想はしていたが。しかし精霊との相性なんてあるのか。それについては詳しく聞いてみたいところであるが、それよりもまずはテテとトトと話がしたい。

 幻獣のこと、エラの計画のこと。お互いに考えていた展開とは全く違う今の状況で今後どう動くべきなのか。できればエラの意見が聞きたかった。


 私の言葉にルトは「呼んでくるよ」とすぐに立ち上がってどこかへ走っていってしまった。




 

 そうして入れ替わりでやってきたのはテテとトトを肩に乗せたライブラである。どうやらこの図書館の護りをルトと交代して来てくれたらしい。私の意識が戻ったことは聞いているようで、ネルイルの横に正座した彼女は静かにこちらを見下ろしていた。



神様(エル)!よかったー!」


神様(エル)!生きてたー!」


「お前たちにも心配かけたみたいだな」



 ぴょんっと飛び出してきた二人が私のすぐ目の前で止まる。寝たまま手を差し出せばテテとトトがひしっとしがみついてきて、その必死さに思わずクスリと笑ってしまった。



「正直、貴女の傷は即死でもおかしくはなかったと思う。今生きているのはそこ子たちのおかげよ。聖樹の精霊って聞いたから、多少はあの幻獣と同じ力を使えるのね。落ち着いたらちゃんと労ってあげて」


「そう、か。今度は精霊に命を救われたんだな……」



 側にいたのがテテとトトじゃなかったら今頃死んでいたかもしれない。そう思うとゾッとする。詰まりそうになる息を吐いてから「ありがとう」と礼を言えば、二人揃った「いいよー!」という元気な返事が返ってきた。なんだか一気に場の空気が明るくなった気がして、沈んでいた気分も戻ってくるから私はこの二人の存在にも助けられていたんだろうなと思った。



 それからすぐに話は移る。もちろん幻獣とエラの計画についてだ。私がエラの名を出せば、テテとトトは一度顔を見合わせてからエラが謝っていたと伝えてくれた。



「なんかね、神様(エル)が持っていた道具が思っていたよりも危険なものだったんだって!」


「なんかね、エラの魔法でも気付けないくらい複雑な作りになっていたんだって!」


「確か、持ち主の魔力を吸い取るとか、満足したら出てくるとか言ってたよな……」



 トロップから渡されていた交信用の結晶体。エラはあれを触りたくないくらい危険なものと判断していたはずで、だからこそ使わずに収納袋に入れておいたそれが、あの時私の胸を貫いた黒い煙のようなものの発生源であることは最早疑いようがない。使わなければ大丈夫だろうと安易に考えてしまった私が間違いだったということだ。



「吸い取るどころか奪われたよ。……あれは私の内側からシロに干渉した上で契約ごと食ったんだ」



 シロの魔力はあの魔法陣を通して私に流れ込んできていた。それを逆に利用されたんだと思う。結晶体から出てきた何かは私の中からシロへと移り、魔法陣諸共シロの魔力を食ってしまった。

 今私に纏わりついているという黒い魔力は残りカスのようなものだろう。だというのに、こうして私は動けない状態にまでなっているのだから少量でも危険なものであることには違いない。この魔力はまるで内側から体を蝕む毒のよう。


 暴れる黒い鳥の魔物。それがもし苦しんでいるのだとすれば。


 

「……たすけたい」



 呟いた声は震えていた。元を正せば私の油断が招いてしまった事態である。ただ一緒にいたいだけなのに、シロの弱点になってしまっている自分が許せそうにない。


 それでももし可能ならば、もう一度シロとの関係をやり直させてほしいと思うのだ。過ぎてしまったことは仕方がない。時間を巻き戻せたらなんて都合の良いことは言わないから。これからまた、新しく。



「安心しろってエラの魔法が言ってるよ」


「助けられるってエラの魔法が言ってるよ」



 テテとトトが届けてくれたその言葉は希望だった。けれど。



「作った本人を消せば黒い魔力も消えるんだって」


「ロキルの時もそうだったんだって」



 昔のことはわからない。エラがロキルの何を知っているのかも。しかし今の言葉は、私にトロップを殺せと言っているのと同じことだ。


 

 共に話を聞いていたネルイルが回復魔術を止めて手を下ろしたのがわかった。気付けば体はかなり楽になっていて、私は地面の術式からは出ないようにゆっくりと体を起こす。うん、このくらいなら動いてももう問題はなさそうだ。



「……それって、あのラトリッチのお嬢様のことなのよね」


「……うん」


「あの黒い鳥を作り出したのが彼女なのね」


「そうだと思う」



 ネルイルは答え合わせをしているように私には思えた。もしかしたら今回の件を彼女なりに調べていたのかもしれない。近いところまで辿り着いていたのかもしれない。こうなることが薄々わかっていたからこそ、ネルイルは今、最後の覚悟を決めようとしている。そんな気がした。


 この国での貴族殺しは大罪だ。例えその人物がどれだけ悪行を働いていても。レイランとシンディの騒動でそれは証明されている。もし私に手を貸せばネルイルもどうなるかわからない。けれど、元凶であるトロップをこのまま見過ごすこともできない、と。



「手伝うわ。エルを一人で行かせたりなんかしないんだから」



 そう言いきった彼女の目に迷いは一切感じなかった。そんな様子を見ていたライブラが口を開いたのはその直後。



「私は、この建物から出ることができません。図書館の職員は五年ごとの交代制なので。半精霊である私たちにとって五年なんてあっという間だと思っていましたが、今初めてそれを悔しいと感じます……」



 自分も手伝うと言えないことがそんなに嫌だったのか。相変わらずの無表情のまま拗ねたような言い方をするライブラの様子には少し驚いた。

 しかし、五年ごとの交代制だとは。未だにライブラ以外の職員を見かけないことから、その期間は一人で仕事をこなしているのだと思う。普通の人間とは時間の感覚が違う半精霊と言えど酷い雇用条件である。


 そういえば、ラグナはこの図書館で働いていたところをコルクに引き抜かれたと言っていたような。まさかこの五年という縛りを途中で放棄したんじゃないだろうな。……うーん、有り得そう。



「共に行くことはできませんが一つだけ助言を」



 そう言ってライブラは先程まで話題に上がっていたこの国の第一王子の名を口にした。どうやらダフディラートはお忍びでこの図書館を度々訪れていたようで、ライブラは顔見知りなのだと言う。



「あの方は非常に世間知らずな箱入り王子ではありますが、とても誠実で頼りになる存在です。貴族を相手にしなければならないのでしたらダフディラート殿下を頼ってみては。こちらに正当性があれば無碍にはしないと思います」


「……図書館の職員って顔が広いんだな」


「ここにはあらゆる情報が保管されていますから。様々な方が足を運んでくださいます」



 なんとなくだが、この王都で一番敵に回してはいけないのはこの図書館の職員なのではないかと思えてならない。できるだけ今後も有効な関係を保ちたいものである。


 

 それはさておき、やるべきこと決まった。

 


 敵はあの女――トロップ・ラトリッチ公爵令嬢。狙うはその命。そして可能ならば王城にいるであろうシンディと合流してダフディラートと話を付ける。無策で黒い鳥に単独で挑むよりよっぽど建設的な道筋だ。



 借りられるだけの力は借りていこう。一人で考えずみんなと一緒に頭を悩ませよう。そういう戦い方もあるのだと、今なら思うことができる。


 視野を広げてみればいつに間にか頼れる存在が周りにはたくさんいるのだから、私は本当に恵まれている。



 こうして私とトロップの戦いは、多くの者を巻き込んで、本格的に始まったのである。



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