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放浪のエル  作者: ゆう梨
第五章
190/224

百八十八



 話が纏まればあとは動くだけだ。出された茶を飲み干した後、案内されたのは散らかったこの家の壁際である。また物を雑に退かしたそこにエラが手で触れると、壁の一部が徐々に薄くなり最後には消えて無くなった。そうして現れたのは上階に続くと思われる、木の内部を掘って造られた階段だ。



「本当に階段があった……」



 聖樹の中に階段。なんとも奇妙な光景に驚く私にエラは「冗談だとでも思っていたのか?」と不思議そうに首を傾げている。どう考えても可笑しいと感じるのは私だけなのか。

 

 しかしこんな場所に家があるくらいだ。このエラの反応を見ると、上だけでなく下へ降りる階段もどこかにあるんじゃないかと思う。だとすると私が魔物と戦いながら外側を飛び跳ねて登っていたのは一体なんだったというのだろう。

 まぁ、聖樹の内部に人間が家を造って住んでいたことも、そもそも階段なんてものが存在していたことも誰も知らなかったのだから仕方のない話なのだけど。

 


「昔、俺が精霊たちの家を造った時に一緒に掘ったものなんだ。ここを登ればもう少し上の方で聖樹の外に出られる。外は今魔物が多いみたいだから戦闘は避けられないけど、エルなら問題ないだろう」


「流石に頂上までは続いていないのか……というか、そんな上にも魔物が住み着いているんだな」


「昔はここまで酷くなかったんだけどな。正直この変わりようには俺も驚いているよ。でもまぁ、魔法陣の展開には少し時間がかかるからその合間の暇つぶしだと思ってくれたらいいさ」


「そんな簡単に言われてもな……」

 


 どう考えてもここから上は通常の生物が住めるような環境ではないはずで。ならばそこに住み着いている魔物たちが今までのように簡単に倒せる相手だとは思えない。エラからしたら雑魚にも等しい奴らなのかもしれないが、私にとっては未知の魔物である。ここはこいつの言葉に惑わされず、気を抜かずに進まなければと私は胸の内で気を引き締め直す。



 それにしても、やはりエラは例え聖樹の中だとしてもこの家からは出られないのだな。

 ラグーンの魔法でこの家自体が異空間化していることは、先程の話を聞いただけでもなんとなくは理解ができている。情報としてこの場所に残っているだけのエラが家から外に出たらどうなるかなんて考えなくてもわかるというものだ。



「魔法陣の展開っていうのは?」


「ああ、そっか。エルには言葉で説明しないといけないのか」


「……私をなんだと思っているんだ」



 人間は言葉を用いて意思疎通を行う生き物だろうに。そう思ってジトッとした目を向けると、へらりと笑ったエラからは「あいつらは話さなくてもいけたから」と意味のわからない答えが返ってきた。

 もしかしてあいつらってあれか、最初の魔術師連中か。二千年続く人間と魔術の歴史においては祖とも呼べる奴らだぞ。そんな連中と比べられるのは私だけでなく全ての魔術師がたまったものではないだろう。


 こちらの気持ちなど知りもしないエラは、少し考える素振りを見せてから私の質問に答えてくれた。



「俺とエルで手分けしてやらないといけないことが二つある」



 まず一つ。人差し指を立ててエラが語ったのは、私の本来の目的でもあった聖樹の火を灯すこと。

 

 そもそもエラがこれから発動する魔法は、簡単に言えば聖樹をラグーンの魔法で作り出した異空間に収納するというものであるらしい。しかし今の聖樹はかつてないほどに魔力を溜め込んだ状態で、このまま進めるのも不可能ではないが、容量が多いだけに時間もそれなりにかかってしまうのだそう。

 ならば幻獣の転生で魔力を使いきった後の方が効率も良い。私とその仲間の状況を考えても早く事が進むのならその方が有り難いというこちらの事情も汲んでくれたようだった。

 


 二つ目。人差し指に中指が追加され、エラはこの魔法には幾つか段階があるのだと言った。


 まずは聖樹の解析、そしてその情報を元にラグーンの魔法で異空間を用意すること。それも私という人体の内側にだ。下手をすると魔力過多を起こしてそのまま命を落とす可能性だってある。そうならない為にエラは魔法を段階ごとに観察できるよう分けて作っているのだと言う。それを状況を見ながら手動で発動させていく。これが魔法陣の展開だ、と。そしてこれは当然時間がかかる。

 

 ラグーンの魔法をエラも使えるという点に関しては、もう驚いていても仕方がないと思って受け入れることにした。



「なるほど。危険を避ける為にあえて分解して作る。今の魔術にも通ずる考えだな」



 膨大な魔力を必要とする魔法を人が使える術式に落とし込んだのが魔術。つまり私たち魔術師がよく知る術式は魔法陣を分解したものである。これをエラのような昔の人間が実際にやっていると聞けただけでも価値があるというものだ。


 少々興奮気味な私に、エラは何故か苦い顔で頭を掻いているだけだった。その理由を私が知るのはもう少しだけ後の話である。



「私はこのまま頂上へ向かい、予定通り聖樹の火を灯す。エラはここで魔法陣を展開する。それでいいんだな?」


「ああ、それで頼むよ。俺は上にはいけないからな」



 私の方もエラの魔法を扱える自信は今はない。手分けと言ってもお互いやることは最初から決まっていたも同然だった。


 

 エラの返答にわかった、と頷いて私は階段の前に立つ。見上げればその通路は精霊の街と同様に空中を漂う光の粒が光源の役割をしていてそれなりに明るい。これなら足元もよく見える。走っても問題はなさそうだ。



「エル」



 ふと、名を呼ばれて振り向こうとした私を制するように背中に手が添えられたことがわかった。特に何かをしてくるという気配もなく、そのまま黙って次の言葉を待っていると聞こえてきたのは今までのものよりもずっと穏やかで落ち着いた声だ。



「鳥様の転生は凄く綺麗なんだ。それを見られるのも聖樹を登った者だけの特権だよ。しっかりと目に焼き付けていくといい」


「……エラは、見たことがあるんだな」


「あるよ。何度もね」



 可笑しな話だ。幻獣の転生は千年に一度の奇跡と聞く。それを何度も見たことがあるだなんて普通に考えたら有り得るはずがない。

 それなのにエラの言葉に嘘があるとはどうにも思えなくて、聞き返そうとした私はトンと背を押されてそのまま階段の一段目に足をかけていた。



「エル。ほんの少しの時間でも話せてよかった。俺が言うのも変な話だが、鳥様をよろしくな」


「――うん」



 私もエラと話すことができて本当によかったと思う。こんな状況でなければもっと話したいことも教えてほしいこともいっぱいあったのだけど。きっとこのまま進んでしまえばこうして話すことは二度とできないに違いない。それでも、今振り向くのは野暮な気がして私は前に意識を向けた。



「良い旅を!」



 そんな声に押し出されるように階段を上がる。緩く曲がった階段は見上げても先が見えなくて、数段上がってすぐに駆け出した私は最後まで振り返ることはしなかった。












「行ったか。――テテ!トト!」


「はぁい!」


「なになにー?」



 エラの呼びかけに応えて現れた精霊二人は、幾つか言葉を交わした後に私を追って階段のある通路を上がってきた。あっという間に追いついてきて私の頭に張り付いた二人はどうやら案内役としてこの先も付き合ってくれるらしい。


 些細なことでもわーきゃーと楽しそうに騒ぐ二人に、一気に賑やかになったなと苦笑しながら聖樹の内部で螺旋状に造られた階段を駆け上がる。


 

 その先に待っているのは想像以上の強敵であることを、私はまだ知らなかった。



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