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放浪のエル  作者: ゆう梨
第五章
189/225

百八十七



 トロップの計画については考えていたら進めなくなってしまう気がして一先ず置いておくことにした。

 そうして私は気持ちを切り替えて再びエラに向き直る。こいつに聞きたいことは他にもたくさんあるのだから。時間を無駄にするのはもったいない。



「お前がさっきから鳥様と言っているのは幻獣フェニックスのことで間違いないか?」


「お。切り替えが早いな。そんなところも俺に似たか?」


「はいはい、もうそれでいいから。で?」


「扱いが雑になってきた……まぁいい。幻獣フェニックスってのが不死の鳥を指すものならその認識で間違いはないな。そんな大層な名で呼ばれているなんて、あいつも随分と偉くなったものだ」


「親しいのか?」


「うーん、どうだかな。俺を観察して人間の言語を習得したようではあったが、俺の声に応えてくれたことは一度もなかったから。けど、」



 そこで言葉を切ったエラは一度目を閉じて何かを思い出しているようで。少しして目を開けた時の彼は、とても穏やかに笑っていた。



「俺は、友人だと思っていたよ。そうじゃなきゃこんな頭のおかしい計画を企てたりはしないさ」


「それは……」



 エラがラグーンの魔法の中で死んだこと。肉体は朽ち果てたがそれ以外のものが情報としてこの場に残ったこと。これが意図的に作り出した状況だと言うのだからどう考えても一般的な人間の感覚からは逸脱している。

 

 こんな計画を立て実行したのは、そもそもシロの為だったと言うのか。こんなにも自分中心に生きていそうな奴が、と失礼を承知で素直に驚いてしまう。



「驚くのも無理はない。俺も自分じゃない誰かの為にここまでできるなんて思ってなかったからな。まぁ、俺の為に動いてくれた奴らがいたように、俺も誰かのために動いてみたくなったのさ」



 エラは空中に浮かせた結晶体をくるくると回して遊びながら昔を懐かしんでいるようだった。それを眺めながらなんとなく思う。エラの人生はいったいどんなものだったのだろう、と。

 

 自分の魔力が制御できなかったと聞いたが、目の前のこいつにそんな様子は見られない。繊細な魔法を当然のように使うし、トロップの道具を見ただけでどんなものかを判断した。私から見ても優秀な男だ。

 そんな男がいち魔物の為に動いている。まるで気まぐれのように言いながら。その原動力はなんなのだろう。考え始めたら余計に気になって、つい前のめりになってしまう。



「おお、興味がありそうだな」


「そりゃあね。シロは私にとっても大切な存在だ。その為に動いてくれていると言うなら私もお前を知りたいと思うよ」


「シロ……って、白いからか?」



 まず引っかかるのはそこなのか。



「もちろん。何か可笑しいか?」


「っ、い、いや、ふふ、シロ……いいんじゃないか。ふふふ……あの偉大な鳥様が、シロ……っくふ、」


「すごい笑ってる……」



 シロ。いいじゃないか。わかりやすいし、覚えやすいし、呼びやすいし。まぁ確かに、大きくなった時の威厳ある姿でシロというのは少し名前が負けてしまっている気もするけれど。でも肩に乗る時のちまっとした小さな姿にはぴったりの名前だと思う。うん、何も恥じることはない。



「ふふ。なんかいいな、お前たち」


「意味がわからん」


「わからなくていいよ。――さて」



 コトン、と。空中で遊ばせていた結晶体をテーブルに戻して一息付いたエラは、次の瞬間にはその雰囲気を緊張感のあるものへと一変させていた。切り替えが早い。なるほど、私はこれと似ていると言われたのか。

 

 特に危険を感じるものでは無かったから黙って様子を窺っていると、私を見るエラの瞳の奥になにか強い光が宿るのが見えた気がした。そして「エル」と、この時初めて真っ直ぐに名を呼ばれて自然と背筋が伸びる。



「俺はお前を待っていた。鳥様が選び、傍に置く、俺の魔法を動かせる人間だ。お前に俺の計画を完遂させてもらいたい」



 完遂。そうか、エラがこんな形で自分の情報を未来に残したのは、自分が生きている間に計画が完遂されないことを知っていたからか。つまりこの状況は目的ではなく手段のひとつ。エラは最初から誰かに自分の計画を引き継がせる気でいたのだ。

 

 ならばその計画とはいったいなんなのか。思わずごくりと息を飲んだ私に、エラはニッと口元を吊り上げて突然その場に立ち上がった。そして。



「エル。お前が聖樹を食ってくれ!」


「――は?」



 何を意味のわからないことを言っているんだこいつは。


 片手を前に突き出してもう片方は腰に。その体勢で意味のわからないことを告げ、満足げな顔をしているこの男が本当に私の先祖だなんて。最初から思ってはいたがだいぶイタいぞこの男。


 付き合ってられるか、と私は再びカップを手に取り茶を啜った。



「ああっ、ごめんごめん。ちゃんと説明するから聞いてっ」


「最初からそうすればいいいいのに」



 そうしてエラはまた大人しく座って計画について語り出した。



 聖樹と幻獣は昔から何かと争いの火種になることが多かった。その力を手に入れようとする人間は時代を経ても絶えず、あらゆる手段を尽くす人々をその目で見てきたとエラは言う。そんな人間たちの醜い争いに毎度巻き込まれる幻獣を不憫に思ったのが事の始まりだったそう。



「俺は思ったわけだ。そこにあるからいけないんだってな」

 


 ならば聖樹を動かしてしまえばいい。人間たちの目の届かないところに。聖樹は植物ではなくそう見えるだけの巨大な魔力の塊なのだから動かすことも可能なはずである、と。


 その移動先にと定めたのが、ものではなく人間だった訳だ。



「魔法自体は時間をかければ作れる自信があったんだけどな。その他に必要なのが聖樹と対になっている鳥様の信頼と、聖樹の魔力に耐え得る器だった。後者は俺でもよかったが前者がなぁ……」



 声をかけても応えてもらえない。信頼なんて得られるはずがない。おまけに寿命が尽きる前に魔法が完成しないことも察してしまい、だからエラは未来に賭けることにした。自分の情報を残すという方法で、意識だけの状態で魔法を完成させるために。

 仲良くなれた聖樹の精霊たちにはいつか驚くような事をやってのける規格外な――それこそ神様のような存在が現れるぞと。そんな夢物語を語りながら。



「まぁ精霊たちは神様ってやつがなんなのかを理解してないみたいだったけどな」


「だから特定の個人であるかのように伝えたのか。それこそ人の名のように、エル、と」



 きっとシロはその話をどこかで聞いていたに違いない。それを二千年近くずっと覚えていて、だからこそ期待を込めて私にその名をくれたのだ。でないとあの場でこの名が突然出てくるはずがない。

 つまりシロにとってこの言葉は、少なくとも頭の片隅に残り続けていたくらいには特別なものだった。



「そうか……そうだったのか」

 


 私が貰ったこの名は、エラとシロの繋がりの証だ。エラは生前シロに全く相手にされなかったと思っているようだが、本当にそうなら私が今この名を名乗っているはずがない。

 そんな二人の期待が乗った名だ。この名に相応しい生き方ができたらと、そう思って進んできてよかった。今は心からそう思う。

 

 そういえば、シロの言動は魔物にしては人間味があった。それはもしかしたらエラの影響があったからこそのものなのかもしれないな。



「聖樹を食ってくれっていうのは聖樹を取り込んで人の目から隠す器になれってことか。本当にそんなことが可能なのか……」

 

 

 聖樹と幻獣を巡る争いというならば、規模は小さいがまさに今それがこの国では起きてしまっているわけで。もしもこの馬鹿でかい聖樹を人の目から隠すことが可能だとしたら、今回だけでなく王族貴族による権力争いに今後一切関わらなくて済むかもしれない。シロはもちろん私にとってもエラの計画を引き継ぐ意味はある。



「ちなみに魔法はもう完成しているんだ。今日までに時間だけは腐るほどあったからな。あとはお前が俺を信用できるかどうかだよ」


「信用か……」



 いくら先祖とはいっても会ったばかりの奴を信用しろというのは無理があると思うのだが。とはいえこいつはもう死んでいるし、と私はつい腕を組んで考え込んでしまう。

 


 まず話の中で不思議だったのが、エラが見てきたと語る時代背景に統一感が無かったことだ。人間がまだ魔法も魔術も使えなかった時代から最初の魔術師が揃っていた時代、更には今は無き王国ガリカロの名まで口にしていたこの男は、まるで数千年間を渡り歩いたような、そんな不思議な話をするのだ。

 そのエラが聖樹の内部に家を作って住み始めたのはかなり若い頃だったらしい。今の見た目からは想像もつかないが実はこれでも八十年くらいは生きたと言うから驚きだ。シロを間近で見るようになったのも割と早い時期だったのだとか。

 

 と、ここまで話を聞いた私がエラに感じた印象は、とにかく自信家でお人よしな策略家だった。自覚はしているようだが例え友人の為だとしても生を終えた後まで考えてこんな計画を立ててしまうだなんて、これだけ聞けば本当にお人よしが過ぎるというものだ。最早怖いくらいだぞ。


 信用ができるかというよりは、信用して大丈夫なのかを問われている気がしてならない。


 

「そうそう、この計画に乗ってくれるなら、ここに残った俺の情報なんかもお前に渡ることになる。きっと俺の魔法も使えるようになるぞ。いい話だろう?」



 ニッと口元を吊り上げて無邪気に笑う仕草は私には無いものである。同じ顔をしているのに。やっぱりこいつは別人なのだと改めて気付かされた気分だ。

 

 阿呆らしいことも胸を張って高らかに宣言してしまえる自信。けれどそれを裏付ける知識と魔法の技術がある不思議な男。これがエラ。私の――起源。



「わかった。やるよ」



 尊徳抜きに「いいな」と思えてしまったのは、私の中に流れる血と魔力を誇りに思えたからなのだろう。浮かんだ笑みをそのままに片手を差し出すと、その手を取ったエラが興味深そうにじっと私の顔を凝視した。



「淑やかに笑う俺も美しいな……」


「やかましいわ」



 たまにイラッとするこの言動だけは控えてくれないものか。

 


 何はともあれこうして私はエラの計画を引き継ぐことになったのである。もちろんエラの魔法とやらにも興味があったし、それが使えるようになるというのも魅力的な話だったからだ。と、呑気に考えていたこの時の私は、それがどれだけ強力で寂しい魔法なのかを知りもしなかったのだけど。



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