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放浪のエル  作者: ゆう梨
第五章
186/189

百八十ニ

今回は図書館の職員ライブラ視点のお話です。



 エルが貴族街に向かってから二日が経ったこの日、図書館のエントランスホールには迷惑なことに怒号が飛び交っていた。



「あんたら教会の人間だろう!信じられないな!そもそもこの状況はあんたらが仕組んだことなんじゃないのかよ!」


「そんなことするわけねぇだろ!こっちも一緒に旅してたんだよ!あいつらのことは俺たちだってもう仲間だと思っている!」


「だったらなんで拘束した女をわざわざ貴族に引き渡したりなんかしたんだ!しかもそれがエルの義母だって!?しっかり利用されているじゃないか!」


「俺だって反発はしたぜ!けど今回は相手が悪すぎた!あのラトリッチ家のお嬢様にものを言える奴なんざ限られてんだよ!俺みたいな半端な身分の奴が口を出せるか!」


「意気地なし!教会の人間まで貴族の言いなりになっていたら誰が秩序を守るんだ!慈善活動家と言われていても結局は身分か!」


「お、おい、ラグナ。そのくらいにしておけって……」


「お兄ちゃんも、ここで言い争っても何も解決しないわよ……」



 二組ともどこから聞きつけたのか、エルが図書館に滞在していたことを掴んで押しかけて来た人たちだ。


 片方は私もお姉様と慕う半精霊の魔術師ラグナ。帽子の上には相棒のシルク。あと仲間のその他二名。こちらは言わずと知れた勇者パーティ御一行様だ。もう片方は教会所属の赤髪の魔術師兄妹である。彼らは先代から爵位を継いでいない者たちで、貴族ではない魔術師――つまり半端者と王都では有名だった。もちろんこれは悪い意味では無くて、身分に関係なく誰にでも平等に接してくれる人たちという好意的なものだ。

 どちらもエルとは知り合いらしく、九日前に起きた貴族婦人の殺害事件について調べている最中にこの図書館を訪れたといったところだろう。

 

 運が良いのか悪いのか鉢合わせた彼ら、主にお姉様とアスハイルはお互いの立場を明かしてからずっとこうして言い争っている。図書館では静かにしてほしいのだけど。こちらの話など耳に入っていない二人に声をかけることはもう諦めていた。

 他の来館者もこの騒がしさに耐えきれず帰ってしまったし、もう好きにしてくれたらいい。私はなるべく気配を消して言い争う彼らを陰から見守ることにした。



「お前たちも立場が邪魔して動けねぇのは同じだろうが。勇者パーティはこの王都じゃ有名だからな。貴族相手に喧嘩を売ったとなりゃ噂はすぐに国中に流れる。今のあいつらに加担すれば居場所を失うのはどっちも同じってことだ」


「それは、そうだけど……でも、曲がりなりにもエルの義母に当たる人をシンディが理由もなく殺すだなんて思えない。ボクが調べた限り、事件の時に魔術を使ったのもルトじゃない。これは明らかに仕組まれたものだ。だとすると怪しいのはどう考えてもそのラトリッチのお嬢様だろ!」


「そんなことはわかってんだよ!だが俺たちは貴族街には入れねぇし、あいつらがどうなっているのかも……っ、今言えるのはこのままだと明日にはシンディが処刑されるってことだ。こっちだってどうにかしてやりてぇよ!けどな!」



 そこで口を噤んだアスハイルが言いたいことはきっとこの場にいる誰もがわかっている。


 それぞれに大切なものがあって、それを賭けてまでこの事件に首を突っ込むのはあまりにも危険だとわかっているだけだ。貴族に関わってしまったエルに付けばその罪をも共に背負うことになるかもしれないのだから。ほとんど関わりのない私にもわかる。これは、立場のある彼らが一時の感情に任せて動ける案件ではない。



「ラグナ、その辺にしとけ。俺たちはこの件に関わるべきじゃねぇだろう。それに案外あいつなら自分でなんとかするんじゃあねぇか?」



 勇者パーティの元剣闘士が言うこともよくわかる。私の見たエルは恐ろしいくらいの量の魔力を持っていたのだから。あの子供ならば一人でもこの状況を覆してしまうのではないかと思わなくもない。


 しかしそれを聞いたお姉様は険しい顔で首を横に振っていた。

 


「……マガドワのとこの冴えない息子が言っていたんだ。エルには王族からの依頼が来ていたって。聖樹の火を灯せって」



 ――聖樹の火を灯せ。



 その言葉に黙って聞くだけだった私も思わず驚いてしまった。私も聞いたことのある言葉だったから。あの時エルに手渡した古い資料にも少し書かれているし、他でもないお姉様の母親――最初の魔術師の一人、知識の精霊ラグーンに一度だけ直接聞いたことがある。


 けれど他の方たちは聞き覚えのない言葉だったようで、最初に口を開いたのは勇者と呼ばれる少年だ。



「聖樹の火?なんだそれ?」


「文字通り聖樹の頂上に火を灯すことさ。奇跡を起こす方法だとボクはママ……じゃなくて、知人に聞いたことがある。それがもし本当に幻獣の転生に関わっているのなら、エルは今――」


「幻獣の転生だと?」



 お姉様の言葉を遮ったアスハイルの声は先程までよりもずっと低い。



「あの幻獣は、死んだのか?」


「……知らなかったのか」



 アスハイルとその横にいたネルイルが揃って息を飲む様子を見ていた私は、なんだか置いてけぼりを食らったような気がしていた。

 

 幻獣とはいったいなんのことだろう。私は彼らに比べてエルのことをほとんど知らないのだと改めて思う。それが少し寂しく感じるのは、ほんの少し話しただけで親しくなれた気がしたからか。この図書館で働いていると人に名を呼ばれる機会なんか早々無くて、なのにあの子供は当たり前みたいに名を呼んでくれたから。

 

 私はどうやら人と話せたことがそれなりに嬉しかったらしい。今更になってようやく気付く。全て終わらせた暁にはまたここに立ち寄ってくれたら嬉しいと、そう思ってしまうくらいに。

 

 けれどその程度の理由では彼らの会話に混ざることもできそうにない自分が恨めしかった。

 


「あー、くそ。あいつ、王都に来んなら教会に寄れっつったのに」


「エル、大丈夫かしら。あたしから見てもあの子、幻獣を心の拠り所にしているって感じだったもの。それが無くなってしまったら……」


「うーん、俺が見た感じは大丈夫そうだったけどな。って言っても、あの鳥が戻ってくるってエルは確信しているみたいだったしそのせいかもしれないけど」


「コルク。あれを一口に鳥と言えるのはキミくらいだぞ」



 その後ももどかしい気持ちを抱えた者たちの話はしばらく続くのだが、進展は一向にしそうになかった。情報を得る能力はあっても実際に貴族が関わる問題においそれと立ち入れる者がいないからだ。ここにいるのはそれぞれが世間に名の知れた存在であるが故に。それだけこの国での貴族というのは特別で、勝算もなく手を出していい相手ではないのである。――けれど。


 もし、貴族が相手でも臆さず立ち向かっていける誰かがいたのなら。ここに集まる実力者を束ねて徒党を組めたのなら。それはあの子供の力にもなれるのではないかと、ふと思ったのだ。



 エントランスホールから本棚の並ぶ部屋へと続く扉が開いたのはそんな時。この図書館内で私に存在を悟らせずに残っていた来館者がいたのかと驚いた。



「つまり、私が動けばあなたたちの問題は解決するってことね」


「げっ……!」



 現れた女性に声を上げたのは勇者の少年一人である。誰だ、と周りから向けられる視線に少年は居心地が悪そうに視線を泳がせながら口を開く。



「えっと、昔馴染みっていうか……言うほど昔じゃないんだけど……同じとこで暮らしてた仲間っていうか……」


「焦ったい。昔のことなんてどうでもいいのよ。今はしがない情報屋をしているわ。リーニアと呼んでちょうだい」



 その人はとても気の強そうな犬と思われる獣人の女性だった。この国で獣人は奴隷として貴族に飼われているか、裏で売り買いされているかだと聞くが、彼女はどう見てもそのどちらでもない。

 頭から生える耳も後ろの尻尾も隠すことなく曝け出され、腰の後ろには一本の小型ナイフがホルダーに収められているのが見える。動きやすそうな格好からは情報屋というよりも暗殺者に近い印象を受けるのは彼女の纏う静かに燃える炎のような雰囲気のせいだろうか。


 そんなリーニアは「早速だけど」とその場にいる全員を――もちろん私も、見渡して話を切り出したのだ。



「貴族の相手なら私がやるわ。奴らに叛逆できる機会なんて早々ないもの。エル様には感謝ね」


「おい、エル様って言ったぞこいつ」


「天使の他にも信者がいたのか」



 アスハイルもお姉様もその言動には驚いていたようだけれど、でも。これで前に進めると確信した彼らの行動は早かった。勇者の知り合いという事実も大きかったのだと思う。



「よし、そうと決まれば俺たちもできる範囲で協力するぜ。まずは情報のすり合わせからだな」


「なんであんたが仕切っているんだよ。ここは彼女に譲るべきだぞ」


「お前に言われるのは癪だが……それもそうだな」



 言い争っていた二人からの視線を受けリーニアは面倒そうに一度ため息を吐いて、それから躊躇いもなく彼らの輪に加わっていった……のだけど。ふとこちらを振り返ったかと思えば目が合ってつい背筋が伸びる。



「貴女も来なさい」


「え……」


「図書館でのことは貴女しか知らないこともあるの。そもそもこの話を聞いたのだから、逃がさないわよ?」


「は、はい」



 怖い人だ。でも、どこかエルに似ている気がするのは何故だろう。見た目も年齢も種族すら違うのに。何に対しても堂々と立ち向かっていける強さを感じたのかもしれない。


 

 こうして集まった私たちは、人知れず事件の真相を究明するために動き始めたのである。



次回から主人公の視点に戻ります。

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