26歳までを綴る3
ひろくんに会った後、アパートに帰った。
寝ている弟にお粥を作ろうと思っていた。
玄関を開けるとどこも電気が付いていなかった。
玄関の電球が切れていたので真っ暗な中、玄関の横にスイッチのある、トイレの電気を付けた。
トイレを開けると灯りが少し見えた。
薄暗い中、いつもしっかり閉まっている弟の部屋の扉は半分ほど開いていた。
お母さんは仕事で県外に泊まりにいっていた。
何度か部屋の前から弟の名前を呼んだ。
返事はなく寝ている様子だった。
風邪引いてるから寝てるだろうけど、これだけ何回呼んでも返事がないのはおかしいと思って目をこらして弟を見たがやはり寝ているなと思った。
私はいつもはしない行動を取った。
弟はまだ23歳と真っ盛りな時期だったので、今まで部屋に入ったことがなかったのだが、変な胸騒ぎがして部屋へと入った。
部屋の電気はリモコン式だったが、真っ暗でリモコンの場所も分からなかった。
部屋に入ってもぴくりともせず寝ている弟。
部屋は冷房がガンガンにかかっていてとても寒かった。
私は薄暗い中、弟の足を触った。
足はとても冷たかった。
冷房効きすぎだよ!と思いながら、次は頬を叩いて起きてと言った。
その時の頬の感触が、おばあちゃんの葬儀でおばあちゃんの頬に触れたときと似ていた。
私は不思議と冷静に行動した。
まず、脈を確認した。
脈が…ない。
次に心臓に手を当てた。
鼓動がしない。
私は何度も弟の名前を大きな声で呼びながら揺すったり叩いたりした。
そしてすぐ救急車を呼んだ。
何度も自分にこれは夢だ。といい聞かせた。
大丈夫!絶対に!大丈夫!と言い聞かせた。
そして救急車が来るまでの時間必死に心臓マッサージをした。
冷静に免許センターで習った心臓マッサージを思い出しながら。
体中汗だくになり、腕も手首もかなり力を使ったため痛かった。
でも、私は諦めなかった。
そして救急車が到着した。
三人くらいの人が入ってきた。
私は大きな声で、ここです!この部屋入ってください!早くして!と叫んだ。
すぐに駆け込んできた人が一言。
死後硬直状態です。
と言った。
私はそれを受け入れることができなくて、心臓マッサージを止めなかった。
もう一人の人が私の手を掴んで、残念ですが…と言った。
その瞬間の感情をどう言葉にしたら良いのだろうか。
受け入れなくてはいけない現実が頭の中に凝縮されて入っていった。
私はその瞬間、手足は震え息はできなくなり、声にならない叫び声を上げてうずくまった。
しばらく泣きわめいたり、パニックを起こした。
救急隊の質問にも声かけにも応じることができなかった。
救急隊の人は私をなだめながら、警察を呼んだ。
病院以外の場所で人が亡くなると警察が現場検証にくるらしい。
警察がすぐに来た。私は完全にパニックを起こしていて、気がつかなかった。
話せるようになるまで、かなりの時間がかかった。
少し、収まった時にまず一番にお母さんに電話した。仕事中のお母さんとはなかなか連絡が繋がらなかったので、留守電に弟が亡くなりました。と入れた。お母さんは仕事中はいつもドライブモードにしている。本当は留守電なんて形で伝えたくなかったが、早く伝えなくちゃという気持ちが先走った。
その次にひろくんに電話した。
ひろくんはデート後、趣味のバスケットボールの練習に行っていた。体育館はアパートのすぐ近くだった。ひろくんは電話に出た。
私は今すぐ来て!と半ばパニック状態のまま言った。
ひろくんは、困った様子でバスケットしてるんだけど…と言った。
私は、とにかく大変なの!今すぐ来て!と叫んだ。
ひろくんは、何かを察した様子で、すぐに向かうよと言った。
その後、警察にたくさんのことを聞かれた。
発見した時間。
それからどうしたか。
家族構成について。
外傷がないため、持病はあったのか。
今日一日何をしていたか。
それを証明できるものはあるのか。
弟には自殺願望はあったのか。
怪しい連中とつるんでなかったか。
性格や友達構成まで聞かれた。
私はその時は泣いてパニック状態になるのと、急に冷静になるのとを繰り返していた。
冷静な時のみ答えていたが、時には自分が疑われていると思い気分が悪くなった。
お母さんと電話が繋がった。
お母さんは、なんで?なんで?とパニック状態で掛けてきた。
私も分からないよ!分からないよ!と返すしかなかった。
お母さんの携帯電話の番号を警察に教えてそれからは警察からお母さんに質問をする形になった。
その後、警察署で詳しく話をすることになった。
弟は死因を確認するため、病院へと行った。
アパートと出たらひろくんが待っていた。
ひろくんにやっと会えた安心感があったが、警察署でひろくんを連れてお話することはできなかった。
上手く話せない私に警察が上手く説明してくれた。
ひろくんは終わるまで、近くで待ってるからね。
といつもの優しい声で言った。
警察署では、同じことを繰り返し何度も何度も聞かれた。
私は、閉鎖的な空間にいることがとても不安になり泣いてばかりいた。
警察の人は、私に聞くのを途中で諦めた様子で、お母さんとずっと電話しているみたいだった。
私はその間、警察の人と二人、狭い部屋にいた。
ぼんやりと警察の110番の知らせが流れてくるのを聞いたり、お母さんに電話をしている警察官の声を聞いたりしていた。
私は、弟と過ごした23年間を思い返していた。
小さな頃、お金がなくて自分たちで手作りのトランプやオセロを作ったこと。
幼稚園に入園したばかりの弟が、私の側から離れなくて結局私のところにしばらくいたこと。
小学校に入り、友達がたくさんできて友達同士で弟の取り合いがはじまるくらい人気者だったこと。
私のことをはじめてお姉ちゃんと呼んだ時のこと。
いつも、お腹を減らしていて二人で節約してご飯を食べていたこと。
優しい弟はお姉ちゃんの方が大きいから大きい方上げるねと一つの肉まんをちぎってくれたこと。
お父さんに殺されそうになった時、守ってくれたこと。
どんどん頼もしくなって、守るほうだった私が守られる方になっていったこと。
いつも優しくて、お母さんの仕事の話も私の悩みもたくさん聞いてくれていたこと。
言葉には出さないけれど、行動でさりげなく優しくしてくれていたこと。
いつの間にか一家の稼ぎ柱になっていたこと。
一度、都会に出張に行って、戻ってきてからさらに聞き上手で行動的に成長していたこと。
とにかく怒らないところ。
大人になってから二人で外食や買い物に行くようになっていたこと。
たくさんの思い出が溢れ出した。
私は俗にいうブラコンだったと思う。
いつも大好き!大好き!って言っていて、弟にはウザイって言われていた。
抱きついたりは日常茶飯事だった。
私は入院中、弟に何度も何度も連絡をしてウンザリされたこともある。
私にとって弟は世界で一番大切な人だった。
友達や彼氏にも、いつも弟の話をしていた。
りかちゃんとトシは、毎回毎回私の溺愛っぷりを聞いて、弟くん可哀相ーって笑っていた。
それほど大好きだった弟がなぜこんな目に?
と感情を整理できなかった。
またどのようにして亡くなったのか?
苦しんだのか?
風邪をひいていた弟をなぜおいて出掛けてしまったのだろうか。
お母さんがなかなか熱の下がらない弟を大きな病院へ連れて行ったと聞いたのに…どうして。
と考え自分を責めた。
警察署の部屋にいる時間はとても長く感じた。
とにかく早く休みたい。そう思ったし、待っているひろくんのことも心配だった。
深夜1時やっと私は、警察署から出ることができた。
弟を発見したのが20時前。夢か現実かわからない世界は地獄だった。
警察官にアパートへ戻ることは禁止されたため、私はひろくんのお家に泊めてもらうかマンガ喫茶に泊まろうと思った。
警察署までは、警察の車に乗っていったため、帰りの車の運転もできない状態だった。
フラフラ歩きながら、警察署を出たら、ひろくんの車が止まっていた。
警察官は、この後はお願いします。とひろくんに告げた。
ひろくんは、わかりました。と言い私を助手席へと乗せた。
そのままひろくんはすぐ近くのコンビニに車を止めた。
ひろくんはフラフラになっている私を抱きしめた。
私はことの経緯を話ながらひろくんにもたれかかった。
ひろくんに明日のお仕事大丈夫なの?と聞くともう休みとってあるし、お父さんに言ってあるから泊まっても大丈夫だよ。と言った。
コンビニで何か買ってこようか?と言ったひろくんに私も行く。と答えた。
ひろくんは、大丈夫なの?と言った。
私は、大丈夫!と言いフラフラ歩きながらコンビニに入った。
そして、飲み物や食べ物を買った。
レジのおじさんが、お姉さん大丈夫?と私の顔を見ながら言った。隣にいたひろくんが答えていた。
私はトイレで自分の顔を見た。顔中が腫れ上がり真っ赤だった。
そのままひろくんの家へ向かった。
車内でも何度も何度も泣いた。
そして、ひろくんの家に着くと、私はFacebookをアップした。
弟が急死しました。
葬儀などのことはわかり次第連絡します。と。
弟の携帯電話は警察が持っていたので、代わりに私が弟の友人たちに連絡をした。
Facebookなら弟の友人もたくさん見ているので一人一人連絡する必要もなかった。
もう深夜3時を回っていたので、誰からも返信はなかった。
そして、紗耶香とみかちゃんにラインを送った。
弟が急死しました。訳がわからないよ。辛いよ。と送った。
もちろん平日の深夜だったので返信はこなかった。
そのままひろくんはいびきをかいて寝た。
私は睡眠の薬を飲んだにも関わらず一睡もできずに泣いていた。
自分を責めて責めて責めて泣いた。
次の日、早朝から携帯電話が鳴りだした。
色んな友達から一気に連絡が来た。
大丈夫?とか本当に?とかみんな信じられない様子だった。
そして次々に慰めのラインや電話が来た。
私は、それを一生懸命返していた。
ひろくんが寝ている横で一生懸命返した。
その時お母さんから電話があった。
出ると、今から県外から帰る。
お母さんは友達の家に行っているけど、死亡解剖が終わって死因が分かったら警察署で話を聞かないといけないから、あなたも来てね。
とのことだった。
出張先から電話しているからか、お母さんは冷静な口調だった。
私は、しばらくは携帯電話を触り続けることで自分を励ました。
たくさんの人からの連絡は私を癒やしてくれた。
その時、ひろくんが起きた。
寝れた?と聞くと少しね。とひろくんは答えた。
君は?と聞き返された。
全然寝れなかったよ。と正直に言った。
ひろくんにお昼すぎたころ、警察署に行かなくてはならないことを伝えた。
ひろくんは送り迎えなど、なんでもすると言った。
私はひろくんのスウェットとジーンズを借りた。
そして、ひろくんのお母さんが作っておいてくれたご飯を食べた。
私は申し訳にないことにほとんど残してしまった。
その後、警察署へ向かった。
向かう途中、お母さんから電話があった。
その時のお母さんは凄く取り乱していて、なんであんないい子が…!と泣いていた。
それからお母さんは切り出した。
葬儀は大々的に行うということ。
流す音楽は弟の好きなアイドルの歌にする事を言った。
私も同じ気持ちだったので、良かったと一安心した。
お母さんが家族だけの葬儀にすると言い出したら、友達のたくさんいる弟が報われないと思ったから。たくさんの人に見送ってもらいたいという気持ちは一緒だった。
警察署はお母さんが先に着いていた。友達と来ていると言っていた。
私はそのあと警察署に着いた。
フラフラした足取りをひろくんが支えてくれた。
待合室にお母さんの友達と思われる女性が座っていた。
私は挨拶をする余裕もなく、案内された部屋へと向かった。
お母さんは死因などを聞いたそうで、話は終わっていた。私は聞くのがつらかったので聞かなかったが病死だということだけは伝えられた。
これから、弟はお母さんの実家に行く。お母さんはその車に乗るけどあなたは?と聞かれた。
私は、ひろくんがいないと立つことさえもできなかったので、ひろくんと行くことになった。
その日は金曜日だったと思う。
実家に住んでいるお母さんの兄夫婦も仕事を切り上げていた。いとこも学校を早退したらしい。
私は、離婚したことを親戚に言っていなかったが、そんなことは完全に忘れていた。
向かう車中にお母さんから連絡があって、離婚したことやひろくんが来ることを伝えてくれたらしい。
兄夫婦は驚くことなく、やっぱりそうだと思ってた。可哀相だったね。と言ってくれたらしい。
お母さんの実家に着くと、弟の亡骸があった。
私は、見にいくことができなかった。
玄関から布団が見えた瞬間、パニックを起こし凄まじい過呼吸になってうずくまった。
そんな私をひろくんが隣で支えてくれていた。
お母さんの兄が私のところに来ると、ひろくんは初めまして、僕は彼女です!と思いっきりテンパった挨拶をしていた。
私は可笑しくなって吹いてしまった。
お母さんの兄の真一は、気さくな人柄で、ひろくんもはじめの緊張は解けて安心している様子だった。
泣いてばかりいる私を、真一の妻千佳さんが隣の部屋へと支えながら移動させてくれた。
千佳さんは昔から大らかな人だった。
私はそこで大声を上げて号泣した。
ひろくんはそんな私の涙や鼻水をふいたり、頭や背中を撫で続けていてくれた。
その中で、お母さんは隣の部屋で葬儀の打ち合わせをしていた。口調はハッキリしていて、まるでさっきまで取り乱して泣いていたとは思えなかった。
お母さんが葬儀の場所と日にちを伝えてくれた。
葬儀は皆が来やすい場所の大きいホールで、日にちは土曜日と日曜日。
私は、もう一度Facebookに記事を上げた。
葬儀の場所と日にちを書いて、弟と関わった全ての方に来ていただけると幸いです。と書いた。
たくさんの人が記事をシェアしてくれた。
そして、記事を作り直してもう一度投稿している子もいた。
弟の友達がラインを使いたくさんの人に伝達していってくれていた。
お母さんはその日は実家に泊まるけど、あなたとひろくんはどうする?ひろくんはお仕事大丈夫なの?と言った。
ひろくんはお母さんとそこで初めてまともな会話をした。ひろくんとお母さんが対面したのは今日が初めてだった。
ひろくんは明日は元々休みなので、俺の家に泊めます。と言った。
お母さんは、その時心からありがたいと思ったらしい。お母さんも自分を支えるだけで精一杯。私を支える力はなかったのだった
お母さんに弟が好きなCDを買ってきてとお金を渡された。
その日はもうヘトヘトだったので、明日買いに行くことにした。
お母さんの実家からひろくんの家はかなりの距離があったので、二人ともヘトヘトになった。
途中にコンビニで下着などをひろくんが買ってくれた。
日常から非日常に変わっていく。
私はまだ悪夢を見ているようだった。
続く。




