米はない
結果として、俺が希望した鍛錬の申し出は受け入れてもらうことができたのだが、
「目先の金銭や蛮勇のためではなく、貴方自身や、周りの大切な者のために剣を振るうと誓えるのなら」
という条件がついた。
まあ、俺ら孤児に対して剣術を教えることに慎重になるのも理解できる。
なんたって数年前にシスターが教えていた先輩孤児達は、一人残らず無理目な魔物との戦いで、命を落としているのだから。
そりゃあ自分の中で葛藤とか色々あるだろう。
なんにせよ、こうして自分を鍛え始めた俺だったが、しばらくは身体作りを優先するというシスターの意向で、走り込みと木刀の素振りしかさせてもらえない。
地味な内容に辟易するが、我慢するしかなさそうだ。
まだ十歳のちびっ子だしなあ……。
◇
「ではいきますよ、ダリル」
「はいシスター、お願いします」
「はい、あ〜ん」
「……」
そしてお寿司の恩恵について、検証もおこなっていく。
いまいちピンとこない謎設定が含まれてるから、早いうちに確かめておきたいからなあ。
協力してもらうのはシスターアルネット。
孤児院に常駐する三人のシスターの中で、一番若い十八歳。
お互いに手の空いてる時間があったから、手伝いを頼んだら快諾してくれた。
最初に試したことは、シスターから黒パン(孤児院の食事にその都度供される硬いパン)をわけてもらい、自分で食べること(正確には、食べるフリかな?)
小さく千切って口へ運ぶと、腕や手の動作を制限されて、あと少しのところで口には入れられない。
それは利き手じゃない方の手で試しても同じだったし、上に投げて落下地点で口を開けて待ち構える方法でも、なぜか必ず口から逸れてしまって、成功はしなかった。
他にも色々とやってみたが、どんな方法を試しても自力で食べることは不可能。
ならば自力ではなく、第三者によって口へ運ぶのならどうか? という考えから、前述のシスターとの〔やりとり〕になっている。
端から見れば、年若いシスターが小さな孤児をお世話する、微笑ましい一幕に見えるだろうか。
「ぐぎぎぎ……なんで? くっ」
だがしかし、彼女の腕力では望んだ結果を得られなかったため、自分の体重を腕にかけて、全力でパンを食べさせようと奮闘している。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「やっぱり駄目かあ」
いや、恩恵が説明の通りに機能していることが確認できたのだから、駄目ってことはないのか、そういう意味では。
その後も諦めの悪い(非常に協力的な)シスターアルネットによって、様々な方法が試されたが、最後までパンを口に含むことはできなかった。
(お寿司以外の何かを食おうとすると、こういう感じで強制力が働くのか……確かに説明の通りだわ。これなら誰かに強要されても大丈夫だし、無理矢理口の中に入れられる心配もないな)
「じゃあ、色々と試すのは終わりにして、シスターへのお礼を出していきましょうか」
「うう……ごめんね、あまり力になれなくて」
「いえ、ある程度の検証はできたので大満足ですよ僕は。有難うございましたシスター」
「そ、それなら良かったんだけど……」
シスターに協力を頼む際に〔なんならシスターも食べてみますかお寿司〕といった俺の軽口に、興味を示した彼女。
こちらとしても、他人に食べさせる経験はまだ積んでいないので、これはこれで検証になる。
「本当にいいの? ダリルのご飯を奪うみたいで、あまり気は進まないけど」
「そこは大丈夫です。どうせ毎日保有魔力を余らせてますからね。シスターが大食いしない限り、僕の食事量に影響しませんから」
「お、大食いなんてしないもん。でも、やっぱり生の魚は怖いかなあ……」
「ああ、それも大丈夫そうなんですよ。色々と検証をして、お寿司という食べ物には生の魚以外にも、色々と種類があることがわかったんです」
とはいっても、お寿司に関しては全くの初心者だからな。
無難そうな厚焼き玉子から出してみるか。
あとはカルビ焼きとハンバーグ、最後に炙りサーモンて感じで。
全部回るところのだけど、酢飯のお酢も強くないから食べれるだろ。
窮屈に四貫が乗った、丸い皿を召喚した。
「こ、これが、お寿司……」
「どうぞ食べて下さい。一個づつ手に持って、できたら一口で。あ、玉子焼きからが良いのかな? まあ好きにどうぞ」
「わあ、卵を食べるのなんて、いつ以来だろ。じゃあ、食べさせてもらいますね。ところでこの、白いつぶつぶはなに?」
「つぶつぶ? えーと、酢飯というかシャリ? 米だけど」
「コメ? 始めて見たけど、取り敢えず食べてみます」
恐る恐るといった動作で手掴みにして、一口で小さな口にほうばり、モキュモキュと咀嚼するシスターアルネット。
小動物に餌付けしてるみたいで楽しい。
して、その感想は。
「卵は美味しいけど、つぶつぶは苦手かなあ? 少し酸っぱいのも卵に合わない気がするし。卵だけ食べたい」
こんな風になった。
まあ、仕方がないのか? 米を食べた経験がなく、その最初の経験が酢飯だったのなら尚更かも知れない。
俺だってお酢の主張が強いお寿司は少し苦手だし。
数あるチェーンの中にはそういう店もあったけど、その主張が軽いはずの、俺の行きつけの味をこういう風に食レポできるとは。
普段、味の薄いものばかり食べてるから、逆に味覚が敏感なのか?
なんにせよシスターのことを舐めてたわ。
食にうるさい我々日本人が真っ先に思い浮かべるであろう、誰もが好む食べ物の代表格。
中世程度の文明で、硬い黒パンと味のしないスープが食事のほぼ全て、肉の一欠片でも口にできたら感激! みたいな世界で、お寿司なんて無双すぎるだろ! と思っていたんだが。
やっぱりカレーが最強なのか?
「美味しいこれ! 生まれてから今までで一番美味しいかも! 味が濃くて最高!」
と思ったらカルビ焼きのお寿司に感動して、早口でまくし立てている。
「え? これも大好き! 柔らかいのにお肉を食べてる感じが凄くある!」
そしてハンバーグも気に入ってもらえたみたいだ。
「うーん、これは食べても食べなくても、どっちでもいいかなあ? 食べれるけど。でも食べさせてくれて有難う」
最後に個人的な本命である炙りサーモンは、なんとも微妙な評価になった。
くそ!




