お寿司の力
お寿司の恩恵、その仕様が明かされる度に、やはりというか、店主を除く二人のじいちゃんズは、俺の身を案じた。
腐敗して姿形を保っていないのじゃないか? とか、毎日の体調はどうなんだ? といった感じで、それはもう目に涙を滲ませて「おいたわしや」な表情を向けてくる。
この国は内陸の海なし国家だけど、河川や湖で魚くらいは獲れると思うのだが? 地元産の魚を見たことはないけど、それは孤児院という、ぶっちゃけ極貧な環境が原因で、一般的な生活の中には普通に存在していると思っていたけど違うのか? 〔生〕だからこういう反応なのか?
「僕はその、恩恵を与えられるまで魚を食べたことがなかったのですけど、この辺では魚は獲れないのでしょうか?」
「ああ、山間の地方に行けば鱒がそれなりに獲られてるな。ほとんど貴族に買われちまうが。しかも流通すんのはその地方でだけだ」
ほう、鱒の存在が確認できた。
「ここらで獲れる魚なんざは泥魚しかいねーからな。あんなもん、野良犬だって食いやしねーよ」
そして一応、獲れる魚は存在すると。
まあ、どういう魚で、どう食えないのかは謎だが。
「だから庶民が食えるとしたら沿岸部から稀に運ばれてくる石みてーに硬く干された海のもんか、酢漬けにされた腐る寸前みてーな糞不味いもんだけだ」
なるほど? 遠い沿岸部から海産物が運ばれることもあるんだな。
「だから俺はお前の恩恵が気になって仕方がねーんだよ。生の魚? いったいそれは、どういった食い物なんだ?」
ふむふむ。
「そうてすね。店を閉めて人目に晒される心配がなくなれば、恩恵の食べ物を出してお見せしますよ。試しに食べてもらっても良いですし」
「よっしゃ乗った。今店閉めるから待ってろ」
店主――ケイボリックが了承し、開口部を次々と閉めて回る。
さてどうするか。
この人達もお寿司初心者だからな。
やっぱりちらし寿司から攻めるとするか。
魔力的にもエコだし。
握り寿司はシスターにも、いまいちだったみたいだし温存で。
「生の魚じゃぞ? 本気で大丈夫なのか」
「恐ろしいことだのう……」
じいちゃんズが相変わらず怖がってるな。
むしろ微笑ましいわ。
「よし坊主、準備できたぞ。今灯りも用意するぞ」
小路に面した、いくつもの扉と明かりとり。
それらを全て閉め、ランプを持ってきて店内を照らす店主。
自分の好みで悪いけど、ワサビは醤油に溶いた上で最初から回しかけるスタイルにさせてもらう。
いでよ、ちらし寿司どーん!
ハンドルみたいな寿司桶に、ぎっしり入ったちらし寿司が、テーブルの上に現れた。
迫力のある、俺の母ちゃん謹製。
うちのちらし寿司は店のとは違い、まぐろだけサイコロ状に切られ、ブリとサーモンと甘エビとは、よくある刺身の形。
イカの細切りと錦糸玉子で完成だけど、子供時代にはピンク色の〔でんぶ〕なるものも、乗っかってた。
高校に上がる頃にはイクラに変わっけど。
さて、皆さんの反応はどうだろ。
「「「……」」」
ふむふむ。
「取り分けますから、小皿とフォークかスプーンを貸して下さい」
「お、おう……」
人数分の容器と、木製のフォークとスプーンを用意してもらえた。
スプーンを使って取り分ける。
「どうぞ。味つけもしてありますから、このまま食べることができますよ」
「……生、だよな? 魚の角が立ってて、すげえ新鮮に見えるんだが」
「腐った匂いもせんのじゃなあ」
「カチカチの感じでもないのう」
なかなか手を出さないから、先に食べてみせようか。
具材は地元のスーパーで揃えてたはずだから多少の安っぽさはあるけど、十分美味しい。
角切りのまぐろはシャリと一緒に食べやすいし、他のネタは刺身として味わってから、すぐにシャリを掻き込んで口の中でマリアージュ。
はしたないかも知れないけど、これが美味い。
カトラリーの都合でスプーンで食い進めてるけど、案外悪くないなスプーンも。
甘エビだけは手を使う必要があって、残った尻尾はテーブルに避けとく。
イクラと錦糸玉子が混ざったシャリを口に運んで、ちらし寿司の美味さを再確認した。
お寿司はカレーに負けてないぞ。負けてないよな?
自画自賛でお寿司の強さを自分に言い聞かせていたら、やっと店主が恐る恐るな様子だが、まぐろだけをスプーンで掬い、口元へ運んだ。
咀嚼して飲み込み、口を開く。
「なんだよこれ! 美味いなんてもんじゃねーぞこの魚! お前らも食ってみろ。それと骨が全くねーな、どうなってやがる」
「な、なんじゃと? 謀ってる、というわけでもなさそうじゃな?」
「よし、わ、儂も食うことにするかのう」
意を決してまぐろの角切りを口に含む、じいちゃんズ。
「う、美味い! 美味いぞこれ!」
「この年となり、感動などは無縁の余生と思っていたのだがのう」
「な? 美味いよな」
「「美味い!」」
「ははは、僕も、この美味さがわかってもらえて良かったです。さあ、他の魚も食べてみて下さい」
シスターアルネットは少し微妙だったけど、こうしてお寿司の美味さを、ちゃんと理解してくれる人達もいるんだなあ。
「ふむ。このシャリという穀物も、儂らのような年寄りには食いやすくて悪くない、いや、柔らかくていいのう」
「おい、この赤い魚食ってみろよ! 味が濃くて最高だぞ」
「この塩辛いのとピリっと辛いソースも魚に合うもんじゃな。実に美味い」
自分が好きなものを気に入ってもらえるのはこっちも気分がいい。
カレーを蹴ってまで選んだお寿司だから、嬉しさもひとしおだ。
異世界よ、これがお寿司の力だ。




