第9話:外の世界はブラックすぎる件
「行きますよーーーっ!!」
「話を聞けぇぇぇーーっ!?」
ハチ子の決死のダイブにより、巣の出口から大空へと放り出された二人。
内勤の安全な壁に守られていたハチ子にとって、初めて目にする「外の世界」は、文字通り理不尽なブラック労働の極みだった。
1. 恐怖の「猛烈な向かい風」
「きゃあぁぁぁぁぁぁーっ! 風が、風が重いですーっ!」
空中に躍り出た瞬間、猛烈な突風が二匹を直撃した。
小さく軽い働きバチにとって、外の風は人間で言えば「超大型台風」に相当する。まっすぐ飛ぶことすら許されず、ハチ子は葉っぱのように翻弄された。
「マニュアル第12条! 『風に向かって翼を45度に傾け、推進力を……』って、傾けたら逆さまになりましたぁぁぁ!」
「当たり前だろバカ! マニュアルは追い風の時の話だ! 風に乗れ、風に!」
サボりの天才・ブン美は、持ち前の脱力スキル(省エネ飛行)で風の勢いをいなし、なんとか体制を整える。一方、バカ正直に風と正面衝突していたハチ子は、目が回って支離滅裂な空中回転を繰り返していた。
2. 巨大なる緑の悪魔「カマキリの罠」
突風に煽られ、命からがら逃げ込んだのは、ある民家の庭木(ツバキの葉)の陰だった。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思いました……! でも、ここなら風が防げますね!」
ハチ子が壁(葉っぱ)に手をついて息を整えた、その時。
ギシ……と、目の前の「緑色の枝」が動いた。
「……え?」
見上げると、そこにはハチ子の体の十倍以上はある、巨大な緑の怪物――カマキリが鎮座していた。三角の頭部がギギギと不気味な音を立てて回転し、鋭い鎌のような前脚がハチ子の頭上へ振り下ろされる!
「ひやぁぁぁぁぁっ!? 悪魔! 悪魔がいますーーーっ!」
「ハチ子、伏せろっ!!」
ブン美がハチ子の頭を蹴っとばして間一髪で回避!
ドカッ! とカマキリの鎌が葉っぱを真っ二つに引き裂く。
「な、なんでこんなところにモンスターが放置されてるんですか!? 警備員(門番)はいないんですか!?」
「外の世界に警備員なんているかよ! 全員が敵なんだよ! 飛べ、早く!!」
襲い来る鎌を危機一髪でかわしながら、二匹はなりふり構わず草むらから飛び立った。
3. 魅惑の死神「人間のジュースの罠」
命からがら逃げ延びた二人は、庭のテーブルの上に置かれた「あるもの」から甘〜い香りが漂っていることに気づいた。
「ハチ子……見ろ。赤い液体が入った巨大な容器(清涼飲料水の飲み残し缶)だ……!」
「あ、甘い……! 熟成ハチミツなんて比べ物にならないくらい、濃厚で強烈な甘い香りがします……!」
極限の疲労と恐怖で、二人の思考回路は麻痺しかけていた。
「あそこに行けば、一瞬でノルマ達成の蜜が手に入るのでは……!?」
ハチ子は誘われるように缶の縁へと降り立った。中には、底にわずかに残った赤色のジュース。
「すごいですブン美さん! これを全部持ち帰れば、母様も大喜び――」
そう言ってジュースの表面に足をつタッチした瞬間。
チュルッ。
「あ」
表面張力と砂糖の粘性に足を取られ、ハチ子の体がズブズブと赤い液体へ沈み始めた。
「熱殺蜂球より暑い! 脚が抜けない! 粘着力がすごすぎますーーっ! 溺れる、ジュースで溺れるーーっ!」
「ハチ子!! だから『人間が作った人工物は罠が多い』って言っただろ!」
缶の縁に捕まったブン美が、必死に手を伸ばす。
「掴まれ! 力を抜け! 暴れると余計沈むぞ!」
「む、ムリです! 鼻(触角)に炭酸がしみて痛いぃぃぃぐぬぬぬぬ……!」
ハチ子は死ぬ気で(というか実際に死にかけながら)前脚を伸ばし、ブン美の手をギュッと掴んだ。
ブン美は羽を限界まで高速振動させ、全身の全筋力を振り絞る。
「ンなろぉぉぉぉ! サボり専門の私に……本気出させんなぁぁぁーっ!!」
ポンッ!!
缶の底から勢いよく引き抜かれた二人。
ハチ子は全身ベトベトのジュースまみれになりながら、テーブルの上にゴロゴロと転がった。
「ハぁ……ハぁ……死ぬ……マジで命が何個あっても足りない……」
仰向けにひっくり返ったブン美が、空を仰いで絶望の吐息をつく。
全身をジュースでベタベタにしたハチ子は、涙目になりながらプルプルと震えていた。
「聞いてません……! マニュアルには『お花畑で楽しく蜜を摘みましょう』としか書いてなかったのに……! 外の世界、ブラックすぎます……!」
「言っただろ……これが『外勤(営業)』のリアルだよ……」
しかし、その地獄のような死線を超えた直後。
風に乗って、本物の、やさしく爽やかな花の香りが二匹の触角をくすぐった。
二人が顔を上げると、民家の庭の奥に、眩しい太陽の光を浴びて咲き誇る大輪のヒマワリ畑が広がっていたのだった――。




