第7話:私たちは全員メス、そしてオスの謎
外勤への配置転換が目前に迫ったある日の午後。
ハチ子とブン美は、巣の奥にある「開かずの間」の近くを通りかかっていた。
「はぁ……あと数日で外勤(営業部)行きですか。マニュアルを読み返して復習しておかないと……」
ハチ子がブツブツと呟いていると、隣のブン美がピタリと足を止めた。
「ねえハチ子。前から気になってたんだけどさ……この巣にいる私たちって、全員『女子』じゃん?」
「ええ、そうですよ? 母様から生まれた私たちは、全員お姉ちゃんか妹です!」
「じゃあさ……あの奥の部屋で、朝から晩までブラブラして、ご飯だけ食べて寝てる『アイツら』は何なの?」
ブン美が指さした先には、ハチ子たちよりも一回り体が大きく、目がクリクリとしていて、どこか締まりのない顔をしたハチたちが溜まっていた。
彼らは掃除も育児も警備も一切せず、運ばれてきたハチミツを「うまいうまい」と呑気に貪っている。
「あっ……! あれはマニュアル第0章に載っていた……『オスバチ』のみなさんです!」
ハチ子は慌てて声をひそめた。
「オス……? え、あいつら何で働いてないの? 掃除もしてないし、警備で戦ってる姿も見たことないんだけど」
ブン美の目が「解せない」と言いたげに細くなる。
「ええと……マニュアルによりますと! オスバチのみなさんの役割はただ一つ……『いつか訪れる新女王様との結婚(交尾)』です!」
「は?」
ブン美が素の声を漏らした。
「結婚するためだけに、普段は家事で一切働かず、飯だけ食ってニート生活送ってんの……!?」
「ニ、ニートだなんて言ったら失礼ですよ! 彼らは我が巣の遺伝子を次の世代に残すという、超・重大なロマンを背負っているんです! 普段はエネルギーを温存しておく必要があるんですよ!」
ハチ子は真面目に擁護したが、ちょうど目の前を、巨大なオスバチが「ふぁ〜あ、今日もお腹いっぱいだなぁ」とあくびをしながら横切った。
「……ねえハチ子。あいつ、いま私の足踏んでったんだけど、謝りもしなかったよ?」
「うぐっ……ま、マニュアルには『オスバチには優しく接し、優先的にエサを与えること』と書いてありますから……!」
その時、一匹のオスバチが、ドジなハチ子の前に立ち塞がった。
「おい、そこの新人ちゃん。喉が渇いたから、熟成ハチミツ持ってきてよ。あと肩揉んで」
「えっ、あ、はい! ただいまーー」
「ちょっと待ちちな!」
ハチ子が動きかけるのを、ブン美がガシッと腕を掴んで止めた。
ブン美の目が、かつてないほど冷たく光っている。
「ちょっとお兄さんたち。私たち働きバチ(メス)が、毎日どれだけ命がけで掃除して育児して警備してんのか分かってんの? 1か月でボロボロになって死ぬんだよ?」
「え、でも君たちメスは働くのが役割でしょ? ぼくたちは『特別な存在』だからさ〜」
呑気に鼻をほじる(触角を毛づくろいする)オスバチ。
「へぇ……『特別な存在』ねぇ……。じゃあ教えてあげるけど」
ブン美はニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。
「秋になってエサが少なくなったらさ……『働かないオスは巣から全員追い出されて餓死する』っていう裏マニュアルの都市伝説、知ってる?」
「……え?」
呑気だったオスバチの顔から、一瞬で血の気が引いた。
「え、えっ!? 追い出される!? 嘘でしょ!?」
「ブン美さん! それネタバレしちゃダメなやつですーっ!?」
ハチ子がパニックで叫ぶ。
「フン、結婚できるのはほんの一握りのエリートだけで、残りは秋にポイ捨てだなんて、ある意味私たちより哀れな人生(ハチ生)だよね〜。だから今のうちに、せいぜいその呑気なニート生活を満喫しときな?」
ブン美が肩をすくめて言い放つと、オスバチたちは「ひ、ひえぇぇぇっ! 働かなきゃ死ぬの!?」とガタガタ震えだし、急にほうきを持って掃除の真似事をし始めるというカオスな事態になった。
「まぁ、一握りのエリートも交尾が終わったら役目を終えて死んじゃうんだけどね〜」
「うぅ……ブン美さん、なんて恐ろしい事実を……」
「いいのよ。世の中の理不尽さを教えてあげただけ。……さ、ハチ子。男たちにうつつを抜かしてる暇はないよ。私たちは私たちの使命(外勤)を果たしに行こう」
「はいっ……! 私たち働きバチ(メス)の底力、外の世界で見せてやりましょう!」
自分たちの「過酷だが誇り高き役割」を再確認した二人は、ついに明日へと迫った外勤の日を見据え、固く拳を握りしめたのだった。




