第6話:迫りくる影、恐怖の対スズメバチ演習
警備係でのトラブル続きの日々の中、巣全体に緊迫した警報フェロモンが駆け巡った。
『ウー! ウー! 全員第一種警戒態勢! これより、秋の「対スズメバチ防衛演習」を実施する!』
「つ、ついに来ました……! 働きバチ最大の天敵、スズメバチ対策訓練です!」
ハチ子は身震いしながら、マニュアルの特別ページをめくった。
『新米ハチのための必携マニュアル・特別章』
――『巨大なる悪魔・スズメバチ来襲の際、単機での戦闘は不可。数百匹で敵を取り囲み、体温で蒸し殺す秘密兵器「熱殺蜂球」を発動すべし』
「熱殺蜂球……! 私たちの熱気で、あの巨体を撃退する秘技ですね!」
ハチ子は鼻息を荒くして拳を握りしめた。
一方、隣のブン美は露骨に嫌そうな顔をしている。
「げぇ……蜂球訓練かよ。あれ、中に押し込められるとマジでサウナ状態になって暑いんだよね……絶対熱中症になるって」
「ブン美さん! 訓練をサボったら、本番でみんな蒸し焼きになっちゃいますよ! ほら、整列です!」
広場には数百匹の働きバチが集まり、中央にはスズメバチに見立てた「巨大な木彫りの人形」が設置されていた。
訓練教官のベテランバチが叫ぶ。
「いいか! スズメバチが侵入したら、一瞬の迷いも捨てて飛びかかれ! 目標温度は47度! 1度でも下がれば返り討ちにあうぞ! 蜂球、形成ーーーーっ!!」
「「「「おおーーーっ!!」」」」
ハチたちは一斉に木彫りの人形へ群がった。
「私も行きます! 母様とみんなのためにーーっ!」
真面目なハチ子は、誰よりも早く人形の頭部へダイブ! 必死に羽を振動させ、体温を上昇させ始めた。
(熱く……もっと熱くなるんだ私の体! 47度! 47度を目指すんです……!)
気合が入りすぎたハチ子の体温は、ものすごい勢いで上昇していった。
しかし、ここでまたしても「ドジっ子ハチ子」の不器用さが炸裂する。
(あ、あれ……? 周りのみんなの熱気も合わさって……なんか、すごく……暑い……かも……?)
真面目すぎるハチ子は、限界突破しても羽の振動を止めなかった。
結果、彼女自身の体温が真っ先に限界値をオーバー!
「あ……あつ……熱気で……目が……眩ん……」
「おいハチ子! 顔が真っ赤だぞ! 力抜きな!」
外側で適当に羽をゆらゆらさせて省エネ参加していたブン美が叫んだ。
「だ、ダメです……! 47度まで……あと少し……!」
「お前が先に上がってどうすんだよ!」
次の瞬間、ハチ子の頭の中で「パチン」と何かが切れる音がした。
熱にやられたハチ子は白目を剥き、意識を失って木彫りの人形からポロリと落下。そのまま、山積みにされた訓練用備品(丸太)の上へ転がり落ちた。
ガシャン、ガラガラガラッ!!
「な、なんだ!?」
ハチ子が倒れた衝撃で、積み上げられていた丸太の山が崩壊! 転がった丸太がドミノ倒しのように他の備品をなぎ倒し、勢いよく訓練中の「蜂球」へ突撃した。
ドカァァァン!!
「うわあああっ!?」
「熱殺蜂球が崩壊したぞーーっ!」
百匹以上のハチたちが巻き込まれ、大パニック。
木彫りのスズメバチ人形は崩れてきた丸太の下敷きになり、哀れにも木ごとなぎ倒されて粉砕された。
静まり返る現場。
崩れた備品の山の上で、頭にタンコブを作ったハチ子が、「ふにゃ……」と目を覚ました。
「……はっ! 私、スズメバチを倒せましたか……!?」
「……ああ、スズメバチ(の人形)どころか、訓練施設ごと壊滅させたよ」
呆然と立ち尽くす訓練教官とハチたちの中で、ブン美だけがパチパチと拍手をしていた。
「教官、見ましたか? ハチ子の命がけの自爆攻撃(?)。スズメバチもこれには引くと思いますよ」
「自爆じゃなくて事故だろーーーっ!!」
教官の怒号が訓練場に響き渡った。
熱中症で運ばれた医務室で、頭に冷やし葉っぱを乗せたハチ子はシュンと肩を落とした。
「うぅ……熱殺蜂球の練習だったのに、私自身が熱でやられるなんて……」
「まあまあ。本番前に『熱の上げすぎは危険』って身をもって証明したんだから、役に立ったんじゃない?」
ブン美はそう言いながら、冷えたハチミツジュースを差し出してきた。
「さ、しっかり水分補給しな。本番のスズメバチが来たら、ハチ子は後ろで熱気送るだけでいいからね」
「うぅ……ブン美さん、優しい……のか、バカにしてるのかどっちですか……」
「両方だよ」
過酷な演習を破壊して終えた二人。
しかし、このドタバタな日々の裏で、彼女たちの「内勤」としての寿命は着々と終わりに近づいていたのだった。




