第5話:警備係・不審者は味方でした
サボり場の脱出劇から数日。
羽化して約20日目を迎えたハチ子とブン美は、いよいよ「内勤」の最高峰とも言える重要部署へと異動になった。
『新米ハチのための必携マニュアル・第5章』
――『羽化後20日目前後。巣の門番として入口に立ち、スズメバチや盗賊バチなどの外敵を警戒・排除すべし。また、羽を羽ばたかせて換気を行い、巣内温度を一定に保て』
「警備係……! 我が巣の安全を守る、最後の砦です!」
巣の巨大な玄関口に立ったハチ子は、ヘルメットを深くかぶり直し、凛とした表情で仁王立ちした。
「はぁ〜……門番ってずっと立ちっぱなしだし、一番肩が凝るじゃん……」
隣のブン美は、入口の柱にダラッと寄りかかり、早くも欠伸を噛み殺している。
「ブン美さん! 姿勢を正してください! ここを通るのは、命がけで蜜を集めて帰ってくる外勤の先輩方、あるいは……恐ろしい外敵です! 一瞬の油断が巣の全滅に繋がるんですよ!」
「はいはい、分かってますよ警備隊長殿〜」
ハチ子は触角をピーンと張り巡らせ、センサーを全開にした。
マニュアル第8条――『不審なフェロモンを感知した場合、直ちに「警告体当たり」をかまし、侵入を食い止めよ』。
(私の目は誤魔化せません! どんな怪しい奴も、このハチ子がシャットアウトしてみせます!)
その時だった。
巣の外から、羽音を荒々しく響かせながら、一匹の巨大でボロボロのハチが猛スピードで飛来した。
全身には泥がつき、顔は疲れ果て、いかにも「ヤバい雰囲気を醸し出した不審者」である。
「――不審者発見ッッ!!」
ハチ子の真面目脳内で警報が爆音で鳴り響いた。
「フェロモンチェックの猶予なし! 巣の平和は私が守る! 『警告体当たり』ーーーっ!!」
「え? ちょ、ハチ――」
ブン美が止める間もなく、ハチ子はロケットのような勢いで跳躍!
帰還したばかりの謎のハチに向かって、渾身のドロップキックを叩き込んだ。
ドカァァァン!!
「ぶはぁぁッ!? な、なんだぁぁー!?」
直撃を受けたハチは空中で派手に一回転し、入口の床に顔面からズザーッと滑り込んだ。抱えていた大量の花粉だんごが、宙を舞って散らばる。
「やりました! 侵入者をノックアウトです!」
ハチ子はガッツポーズを決め、倒れた相手の上に勢いよく乗りかかった。
「動くな不審者! 母様の前に引きずり出してやる――」
「おいこら新兵ぇぇぇ!! 何すんだ貴様ぁぁぁーっ!!」
倒れていたハチが、地獄の底から響くような大声で絶叫した。
よく見ると、そのハチの腕には『外勤部隊・第1アサルト小隊長』という金文字の腕章が光っていた。
「……え?」
ハチ子の動きがピタリと止まる。
「お前……外勤から命からがら帰ってきた私を……泥棒と間違えて撃墜したのか……!?」
「ひ……ひやぁぁぁぁぁっ! 外勤の、超エリートのベテラン先輩ーーーっ!?」
顔面蒼白になるハチ子。
「す、す、すみません! あまりにもお顔が険しく、お体もボロボロで、てっきり強盗かと……!」
「泥と汗で汚れるのは命がけで働いてる証拠だろうがぁぁ! マニュアルの『フェロモン匂いチェック』をすっ飛ばすなーーっ!」
「ヒィィィッ! ごめんなさいごめんなさい!」
怒り狂う先輩ハチ。そこへ、柱の陰で優雅に毛づくろいをしていたブン美が、すたすたと歩み寄ってきた。
「やあやあ小隊長殿、お疲れ様です〜。いやぁ、ハチ子も悪気はなかったんですよ。『先輩があまりにもワイルドで強そうだったから、つい武者震いしちゃった』って言いたかったみたいで」
「む……? ワ、ワイルド……?」
先輩ハチが思わず言葉を詰まらせる。
「そうですよ! 外勤の厳しさを生き抜いたその傷跡と泥……新人から見たら、圧倒的すぎて敵かと思うくらいカッコよかったんです! ねー、ハチ子?」
ブン美が小突き、ハチ子は涙目になりながら激しく首を縦に振った。
「は、はいっ! 圧倒的ヴィラン(悪役)級のカッコよさでした!」
「ヴィランは余計だろ!! ……まあ、無事に蜜を持ち帰った私のワイルドさに免じて、今回は許してやるがな……」
ブン美の見事な(?)言いくるめで、怒れる先輩は散らばった花粉を拾いながら、ブツブツと巣の奥へ消えていった。
「ふぅ……命拾いした……。ブン美さん、また助けてもらっちゃいました……」
へたり込むハチ子に、ブン美は呆れたように息を吐いた。
「ハチ子さぁ、真面目なのは良いけど、一直線すぎて視野が狭いのよ。警備のコツはね、『怪しいと思っても、まず挨拶して様子を見る』。これ一択」
「うぅ……マニュアルには『直ちに排除』って書いてあったのに……」
「マニュアルは現場の空気まで読んでくれないの! ほら、次は本当の敵が来るかもしれないんだから、しゃきっとしな」
「はい……! 次こそは、正しく味方をお出迎えしてみせます!」
そう誓ったハチ子だったが、その10分後、今度は「愛想よく挨拶しながら入ってきた本物の盗賊バチ(他所の巣の泥棒)」を「お疲れ様です〜!」と笑顔で通しかけ、ブン美に全力で首根っこを引っ捕まえられたのは言うまでもない。




