第4話:サボりの天才、裏の顔
建築係での「防犯用星型ルーム(失敗作)」の騒動から数日。
連日の猛労働と自身のドジによる疲労で、ハチ子のメンタルと羽は限界を迎えていた。
「はぁ……はぁ……マニュアル第4章『蜜の搬入と貯蔵』……。今日も今日とて、外勤の先輩方が運んできた花粉だんごをテキパキと貯蔵庫へ運搬……あ、足がもつれる……!」
ハチ子は自分より大きな花粉の塊を抱え、フラフラと廊下を歩いていた。
真面目すぎる性格ゆえ、一切の休憩を挟まずに働き続けていたのだ。
「おいおい、ハチ子。お前、顔が『ハチミツが腐ったような色』になってるぞ」
声のした方を見ると、壁の隙間からブン美がひょっこりと顔を出していた。
手にはなぜか、小さな花粉の欠片が握られている。
「ブ、ブン美さん……! 休憩時間でもないのに、そんなところで何を……! マニュアル違反です!」
「いいから黙ってこっち来いって」
ブン美はハチ子の手首をガシッと掴むと、巣のメイン通路から外れた、暗く狭い配管の裏側へと強引に引きずり込んだ。
「きゃっ!? な、なんですかここは……!」
暗がりを抜けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
巣の外壁のスキマから、柔らかな木漏れ日が差し込む小部屋。そこには心地よい風が吹き抜け、甘い熟成ハチミツの香りが漂っていた。さらに床には、柔らかい綿毛(植物の種子についていたもの)が敷き詰められている。
「ようこそ、私のプライベート・VIPラウンジへ」
ブン美はフフンと胸を張り、綿毛のベッドに倒れ込んだ。
「な、なんですかここー! 巣の設計図にこんな場所ありませんよ!?」
「当たり前でしょ。建築係の時に、手抜き工事でできた空間を私が密かに改造したんだから。ここならフェロモン警報も届かないし、鬼主任の巡回ルートからも外れてる。完全な『サボり場』よ」
「サ、サボり場……!?」
ハチ子はガタガタと震え出した。真面目な彼女にとって、「サボる」という概念はもはや犯罪に等しい。
「ダメです! 私たち働きバチは、一生のすべてを母様と巣のために捧げるのが使命です! 早く現場に戻って作業を――」
「はいはい、お堅いこと言わないで、これでも舐めな」
ブン美はハチ子の口に、トロリとした特製の「熟成プレミアムハチミツ」を強引に突っ込んだ。
「んむぐッ!? ……ん? ……んんん〜〜〜〜っ!?」
ハチ子の目がカッと見開かれた。
「なにこれ……甘くて……まろやかで……疲れが一気に吹き飛んでいきます……!」
「だろ? 貯蔵庫の奥で極秘に熟成されてたヤツをちょっと『試食』名目で拝借してきた。……いいかい、ハチ子。私たちは生まれてから死ぬまで、たったの1か月しか生きられないの。ずーっと馬鹿真面目に働き詰めて、自分を追い詰めて倒れたら、それこそ損でしょ?」
ブン美は熟練のサボり魔らしい、妙に説得力のある顔でハチ子を見つめた。
「ちょっとくらいサボって体力を温存するのも、長生きして結果的に巣に貢献するための『高度な戦略』なんだよ」
「高度な……戦略……?」
ハチ子の脳内で、固いマニュアルとブン美の悪魔の囁きが激しく打突した。
(確かに……最近ずっと失敗続きで、体も心もボロボロでした……。少し休むのも、明日のための仕事……?)
「……ふぁぁ。綿毛がフカフカで、なんだか眠くなってきました……」
「そうそう。力を抜いて、10分だけ目を閉じなー」
ハチ子は急速に意識が遠のき、ブン美の隣で「すやぁ……」と幸せそうな寝息を立て始めた。
――しかし、世の中そう甘くはない。
「――おい。こんなところで油を売っているのは誰だ?」
「!!??」
重低音の効いた声が、狭い隠れ家に響き渡った。
入口の隙間から覗き込んでいたのは、なんと「警備隊長」のいかつい顔だった。
「ひやあぁぁぁぁっ!?」
ハチ子は飛び起きた。あまりのショックで、綿毛を喉に詰まらせてゴホゴホと咳き込む。
「け、警備隊長官殿! これは違くて! 私たちはただ……その……『熟成ハチミツの品質チェック』という高度な戦略的業務を……!」
ハチ子はパニックで支離滅裂な言い訳を叫んだ。
一方、ブン美は脱兎のごとき速さで起き上がると、ハチ子の襟首を掴んだ。
「ハチ子! 言い訳は無用! 第二ルートから脱出するよ!」
「えっ!? 第二ルート!?」
「サボり場作るときに脱出口作っておくのは常識でしょーが!」
ブン美は壁の極小の穴へハチ子を押し込んだ。
「行けぇぇぇ!」
「マニュアルに……サボり場の脱出ルートなんて書いてなぁぁぁい!」
隊長の怒号を背に受けながら、二人は狭い壁の裏を必死に這い進み、命からがら現場へと逃げ戻ったのだった。
初めての「サボり」は、ハチ子にとって寿命が縮むほどのスリルと、ちょっとだけクセになる甘いハチミツの味を残していった。




