第3話:建築係なのに設計図が読めません
育児係での「全身ローヤルゼリーまみれ事件」から数日。
幼虫たちになめ回されて危機を脱したハチ子は、羽化後10日目を迎え、次の部署へとステップアップしていた。
『新米ハチのための必携マニュアル・第3章』
――『羽化後10〜20日目。体内の蜜ろう分泌腺をフル稼働させ、強固にして美しき「六角形(ハニカム構造)」の巣房を建設・補修すべし』
「建築係……! 職人技が試される、まさにクリエイティブな部署です!」
ハチ子は自分の体(腹部)をさすりながら、キリッとした表情で宣言した。
「蜜ろうってのは、体の中の糖分を消費して絞り出すんだろ? 普通にカロリー消費激しくてヤバそうなんだけど……」
隣のブン美は、すでにやる気をゼロにして壁に寄りかかっている。
「何を甘いこと言ってるんですか! 母様たちの住まい、そして未来の貯蔵庫を作るんですよ! マニュアル通り、一辺の長さも角度も寸分違わぬ完璧な六角形を作ってみせます!」
「はいはい、がんばれー」
建築現場には、ベテランの建築主任(お世話係の怖い先輩バチ)が目を光らせていた。
「いいか新兵ども! 我が巣の強度を支えているのは、この数学的に最も美しいとされる『六角形』だ! 歪みは一切許さん!」
「はいっ!!」
ハチ子は元気よく返事をすると、お腹からニュッと分泌された新鮮な蜜ろうを足で捏ね始めた。
(えーと、マニュアルによると……蜜ろうを粘土状になるまで練って、隣の部屋と寸分の狂いもなく接合して……)
真面目なハチ子は、頭の中で幾何学の計算をしながら必死に壁を盛り上げていく。
しかし、彼女は重大な欠点を抱えていた。極度の「ぶきっちょ」である。
「よし……できた! 私の作った、完璧な巣房です!」
ハチ子が自信満々に胸を張ったその場所には――
「……おい、ハチ子。これ、何だ?」
通りかかった建築主任の顔が、恐怖で引きつっていた。
そこに鎮座していたのは、完璧な「まん丸(球体)」の部屋だった。
「丸です! 角がない方が、幼虫さんもゴロゴロできて気持ちいいかと思いまして!」
「馬鹿者ーーーっ!! 丸だと隙間ができるだろうが! 空間の無駄遣いじゃ!!」
「ひやぁぁっ!? す、すみません! すぐに直します!」
パニックになったハチ子は、急いで丸い壁を叩き潰し、角を作ろうとコネコネし始めた。
(角をつくる! 三角形……いや違う、六角形! 四角? 五角形!?)
パニックと真面目さが変な化学反応を起こし、ハチ子が捏ね直した部屋は、なぜか芸術的すぎる「いびつな星型」へと変貌を遂げた。
「な、なんだこの前衛的すぎるオブジェは!? 巣の強度が下がるだろーーっ!」
「あわわわ、じゃあもっと壁を厚くして補強を……!」
焦ったハチ子は、お腹から蜜ろうを力任せに大量分泌!
ドバッ! と溢れ出た大量の蜜ろうが、ハチ子自身の足と、周囲の壁を丸ごと塗り固めてしまった。
「あ、足が固まって……動かない……!?」
「ハチ子、お前自分自身を巣の一部に組み込んでどうすんだよ」
安全地帯で、自分の腹から出た僅かな蜜ろうを「爪楊枝サイズ」に丸めて遊んでいたブン美が、呆れ顔で声をかけてきた。
「ブ、ブン美さん……助けて……! 蜜ろうが固まってカチコチに……!」
「しょうがないなぁ」
ブン美はノロノロと近寄ると、ハチ子を固めている蜜ろうの塊を、持っていた温かいハチミツ(自分の食料)で適当に溶かし始めた。
「ほら、力抜けって。……っていうか主任、ハチ子の作ったこの星型の部屋、蜜の『隠し金庫』として使えばワンチャンいけません?」
「えっ? 隠し金庫……?」
主任が毒気を抜かれたように首をかしげる。
「ほら、形が変だからスズメバチとかの強盗が入ってきても、ここに蜜が隠されてるなんて思わないでしょ。防犯用特殊ルームってことで」
「む……むむむ……? た、確かにそう言われれば……斬新な防犯構造と言えなくもない……のか……?」
ブン美のあまりにテキトーかつ堂々としたハッタリに、まさかの主任が丸め込まれていく。
「よ、よし! 今回は『特別防犯エリア』の試作として許してやる! だがハチ子、次は絶対完璧な六角形を作れよ!」
「は、はいぃぃ……!(助かった……!?)」
主任が去った後、ハチ子はガクガクと震える足でブン美を見上げた。
「ブン美さん……ありがとうございます! でも、ウソをつくのはマニュアル違反ですよ!」
「ウソじゃないよ、言ったもん勝ちっていう立派なサバイバル術。ハチ子、お前真面目すぎるから、ちょっとは力を抜くことを覚えな?」
「うぅ……職人への道は遠いです……」
足の蜜ろうをカリカリと削り落としながら、ハチ子は自分の不器用さに深くため息をつくのだった。




