第2話:エリート社畜の登竜門、育児地獄
初日の「大崩壊事件」は何とか始末書の提出で事なきを得た。
羽化して4日目。ハチ子とブン美は、無事に(?)次の部署へと配置転換された。
『新米ハチのための必携マニュアル・第2章』
――『羽化後3〜10日目。体内から分泌される究極の栄養素、ローヤルゼリーおよび蜜パンを与え、次世代の希望たる幼虫を育むべし』
「育児係……! これぞ我が巣の未来を担う、最も聖なるお仕事です!」
保育室の前に立ったハチ子は、目を輝かせた。
隣では、ブン美がだるそうに触角をぶら下げている。
「はぁ……育児かぁ。赤ん坊相手って、一番休みが取れないブラック部署じゃん」
「何を言ってるんですかブン美さん! 私たちの弟や妹……ううん、母様の愛の結晶を育てるんですよ! マニュアル通り、完璧な愛と栄養を注ぎ込みましょう!」
そう言ってハチ子が意気揚々と保育室のドアをくぐった瞬間。
「「「「「メシーーーー!!! エサ持ってこーい!!!!」」」」」
部屋中に響き渡る、地鳴りのような要求。
そこにいたのは、六角形の部屋からヌッと顔を出し、目を血走らせてパクパクさせている大量の赤ちゃんだった。
「ひっ……!? 思ってた『愛くるしい赤ちゃん』とちょっとサイズ感と威圧感が違います!」
「言ったろ? こいつら、24時間体制で胃袋が無限ループしてんだよ」
ブン美は手際よく(というか適当に)ハチミツと花粉を混ぜた「蜜パン」を丸めると、一番近くで暴れていた幼虫の口にポイと放り込んだ。
「ほら食えー。静かにしてろー」
すると、幼虫はおとなしく咀嚼を始め、大人しくなった。
「す、すごいブン美さん! 手慣れてます!」
「まあね。コツは『テキトーに満腹にさせて寝かせる』ことだから」
「よし、私も……! マニュアル第5条『将来の女王バチ候補にはローヤルゼリーを、通常の幼虫には適切な比率の花粉蜜を与えること』!」
ハチ子は貴重なローヤルゼリーを大切そうに抱え、慎重に幼虫たちの間を歩き出した。
「ええと、この子は一般の働きバチの赤ちゃんですね。だから花粉蜜を……あ、でも体調が良くなさそう? もしかして特別なケアが必要……!?」
真面目すぎるハチ子は、幼虫一匹一匹の顔色を細かく観察し始め、パニックに陥った。
「あわわ、この子にはローヤルゼリーをちょっと足した方がいいのかな!? いやでも、勝手に女王候補の食事をあげたらルール違反に……! どうしよう、どうしよう!」
オロオロとウロウロを繰り返すハチ子。
その時、足元にあった「花粉蜜バケツ」に、ハチ子の長い脚が見事に引っかかった。
「あっ――」
ドバシャーーーーーッ!!
「ギャーーーーーッ!?」
ハチ子が派手に転倒すると同時に、大量の花粉蜜が頭上の棚に向かって跳ね上がった。そしてその先には、特別に厳重保管されていた「特選ローヤルゼリータンク」が設置されていた。
ガラガラガラ、ドカン!
「……あ」
タンクのフタが外れ、中からトロ〜リとあふれ出た濃厚なローヤルゼリーが、ハチ子の頭から全身へと滝のように降り注いだ。
さらに、ドミノ倒しのように倒れたバケツのせいで、周囲の幼虫たちに「ローヤルゼリーと花粉蜜のチャンプルー」が大量にぶちまけられる。
「ぶはっ……! ご、ゴボッ……!?」
全身黄金色にドロドロになったハチ子が、ハチミツの海から顔を出す。
それを見た幼虫たちが、一斉に目を輝かせた。
「「「「うまそうーーーー!!!!」」」」
「えっ……待っ、ちょっと、来ないで!? 私はエサじゃなくてお世話係のハチ子です――ギャー――ッ!!」
ローヤルゼリーの激甘な香りに引き寄せられた赤ちゃんたちが、一斉にハチ子に向かってゾンビのように這い寄ってきた。
全身を赤ちゃんたちにモゾモゾと捕食未遂され、ハチ子は白目を剥いた。
「助け……助けてブン美さ〜〜〜ん!!」
「いやー、ハチ子。全身でローヤルゼリーを分泌して自分ごと幼虫に捧げるなんて、究極の自己犠牲精神だね。社員の鑑だよ」
安全な天井の梁の上に避難していたブン美が、パチパチと他人事のように拍手を送っていた。
「感心してないで剥がしてくださいぃぃぃ!!」
――こうして育児係の初日も、ハチ子が幼虫たちの「生きたおやつ」と化すという大惨事で幕を閉じたのであった。




