第11話:スズメバチ襲来! 命がけのラストミッション
ハチ子の狂乱ダンス(タコ踊り)の混乱から数日。
羽化して約30日が過ぎた。ハチ子とブン美の羽はすり減り、体全体の艶も失われつつあった。
働きバチの寿命は、約1か月。
彼女たちの「ハチ生」の終わりが、すぐそこまで近づいていた。
「はぁ……はぁ……今日もヒマワリ畑から帰還です……。ブン美さん、脚の関節がギシギシ言います……」
「私なんて翼がもげそうだよ……。そろそろ有給消化して永眠したいんだけど……」
二匹が巣の入口で肩を寄せ合い、限界を迎えた体で息を整えていた、その時だった。
ブォォォォォォン……ッ!!
重低音の羽音が、空気を激しく振動させた。
その音は、これまでのどんな風や鳥とも違う。純粋な「暴力」と「殺意」を秘めた音だった。
『ウー! ウー! 緊急警報! 緊急警報! 本物のスズメバチだーーーっ!!』
巣内にパニックの警報フェロモンが吹き荒れた。
入口の天井を見上げると、そこには巨大な影が立ちはだかっていた。かつて訓練で使った木彫りの人形など比べ物にならない、漆黑と黄金の鎧を纏った巨大な大スズメバチが一匹、侵入してきていたのだ。
「ヒッ……!? 本物……本物の悪魔です……!」
ハチ子の全身の毛が恐怖で逆立つ。
スズメバチは大顎をバチバチと鳴らし、容赦なく警備のハチたちをなぎ払っていく。
その圧倒的な力量差の前に、巣の防衛線は一瞬で崩壊しかけていた。
「逃げろ! 奥の育児室(赤ちゃんたち)を守るんだ!」
先輩バチたちが悲鳴をあげる。
「ハチ子、逃げるよ! 内勤の奴らに任せて奥へ――」
ブン美がハチ子の腕を掴もうとした。しかし、ハチ子は動かなかった。
彼女の視線の先には、スズメバチがゆっくりと向かっていく先――崩れかけた壁の奥で、小さく震えている幼虫たちの姿があった。
「ダメです……! あそこには、次の時代を担う妹たちが……!」
「バカ言わないで! 相手はスズメバチだよ!? 私たちみたいなボロボロの外勤バチが立ち向かったって、一瞬で噛み殺されるだけ――」
「マニュアル第1条……!」
ハチ子はガタガタと震える脚で、しっかりと地に足をついた。
「『働きバチは、母様と巣の未来を守るために存在する』……! ブン美さん、私、真面目だけが取り柄なんです。ここで逃げたら……自分のハチ生を胸を張って終われなくなっちゃいます!」
「ハチ子……! お前……!」
ハチ子はすり減った羽を、今日一番の力で激しく振動させた。
「私を撃退した、あの時の『熱』を思い出せ……! 行きます! 熱殺蜂球ーーーっ!!」
「ハチ子ーーーっ!!」
ハチ子は単身、巨大なスズメバチの顔面に向かって跳躍した!
「なにいっ! 雑魚が一匹で――」
スズメバチが大顎を振り下ろそうとしたその瞬間、ハチ子はスズメバチの目元にしがみつき、己の限界を超えて体温を上昇させ始めた。
「あ……熱い……! 熱いですけど……離しませんっ!!」
「チッ、鬱陶しい奴め!」
スズメバチがハチ子を振り払おうとした、その時。
「――おい悪魔! うちのドジっ子に手ぇ出してんじゃねぇよ!!」
横から飛び込んできたのは、あの「サボりの天才」ブン美だった!
ブン美はスズメバチの反対側の目元にしがみつくと、ハチ子以上に必死な顔で羽を振動させ始めた。
「ブン美さん……!? なんで……逃げてくださいって言ったのに……!」
「バカ言え! お前一人にイイカッコさせられるかよ! 私の人生最後の力……ここで全部使ってやる!!」
「「「「お前たちだけに、行かせるかぁぁぁぁッ!!」」」」
二匹の死闘を見た周りの働きバチたち――掃除係、育児係、建築係、そして外勤の仲間たちが、一斉に涙を拭って立ち上がった!
十匹、百匹、数百匹の働きバチたちが、津波のような怒涛の勢いでスズメバチへと群がっていく!
「な、なんだこの数は!? ぐあぁぁぁっ! 暑い……熱いぞ!?」
巨大なスズメバチを包み込む、真紅の「熱殺蜂球」。
その中心で、ハチ子とブン美は互いの前脚を固く握りしめていた。
「ブン美さん……! 暑いです……!」
「最高の……サウナだな……ハチ子……!」
目標温度、47度。
巣の未来と仲間たちを守るための、命を懸けた最終ミッションの熱気が、暗い巣の中を黄金色に照らし出していた――。




