真祖の力、リビングのじゃれ合い
休憩しようかなと思っていたら投稿していた
ガルガ師匠からのあまりにも甘々すぎるお祝いメッセージにツッコミを入れ、雫の膝枕でひとしきりフニャフニャとデレていた澪だったが、ふと自分の両手を見つめて起き上がった。
「ねえ、雫ちゃん。私、吸血鬼の『真祖』になったんだよね? ……人間の頃と、何がどれくらい変わったんだろ」
「……ん。みお、身体、軽くなってるはず。……あと、耳も、よく聞こえる」
雫はおとなしめの天然な口調のまま、無表情にコトコトとソファから立ち上がると、リビングの少し広いスペースへと移動した。
「……じゃあ、テスト。……私に、触ってみて。お遊び」
「えっ、手合わせってこと? いいの? 怪我させちゃったら――あ、そっか、雫ちゃんは超高速再生があるんだっけ」
澪も苦笑いしながらソファから立ち上がる。
キッチンで食器を洗っていた美月が、「お姉ちゃんたち、リビングの家具は壊さないでよ?」と賢い目で釘を刺してくるのを背中に受けながら、澪はすっと構えをとった。
その瞬間、澪は自分の身体の変化に驚愕した。
ただ一歩を踏み出そうとしただけなのに、大地の感覚が、空気の抵抗が、人間の頃とは比べ物にならないほど鮮明に脳へと伝わってくる。
「――いくよ、雫ちゃん!」
トッ、とリビングの床を蹴った瞬間、澪の身体はまるで弾丸のような速度で前進していた。人間のC級剣士だった頃の限界を遥かに置き去りにした、吸血鬼の真祖としての身体能力。
(速い……っ! これなら、雫ちゃんの動きにも――)
澪が確信を持って、雫の白パーカーの袖を掴もうと細い手を伸ばした、その時。
「……遅い。丸太が、まだ転がってる」
フワリ、と。
目の前にいたはずの雫の姿が陽炎のようにブレたかと思うと、澪の手は虚空を掴んでいた。
雫の俊敏ステータスは元々規格外の『125』。そこへ吸血鬼の始祖としての補正が加わった現在の雫の速度は、もはや亜音速に近い領域へと達していたのだ。
「へっ――!?」
澪が驚いて目を見開いたときには、すでに雫は澪の真後ろへと音もなく回り込んでいた。
そして、雫のひんやりとした華奢な腕が、澪の細い腰を後ろから。そっと包み込むようにして抱きすくめた。
ふわり、と、雫の身体から漂う甘い香りが、澪のうなじをくすぐる。
「……捕まえた。みお、後ろ、ガラ空き」
「ひゃんっ!? し、雫ちゃん……っ!?」
背後からの不意打ちのハグに、澪の顔が一瞬で爆発したように真っ赤に染まる。
能力のテストをしていたはずなのに、いつの間にか雫の胸の中にすっぽりと収まり、後ろから優しく抱きしめられているという、とんでもないイチャイチャシチュエーションになっていた。
「も、もう! バックを取るなんてずるいよ! 離してぇーっ!」
「……ううん、離さない。みお、温かくて、柔らかくて、良い匂い。……私の、特等席」
雫は無表情な顔のまま、おとなしいタメ口でストレートな追い打ちをかけながら、澪の背中にギューッとさらに体を密着させた。左手首の組紐が、2人の魔力の高まりに呼応して、甘く優しく明滅している。
「うう、もう……雫ちゃんのバカ……っ」
身体能力の差を見せつけられ、それ以上に雫の無自覚な溺愛に完全降伏した澪は、顔を真っ赤にしてデレデレになりながら、雫の腕の中でフニャフニャと脱力するしかなかった。
「はいはい、そこまでー。2人とも、お遊びにかこつけてリビングでイチャイチャしないの! 美月、目のやり場に困っちゃうでしょ!」
洗面所から戻ってきた美月の鋭いツッコミが飛び、澪は「ひゃぅっ!?」とさらに飛び上がる。
人間の常識を遥かに超えた最強の吸血鬼コンビ。けれど、その本質は、どこまでも甘くて不器用な2人の美少女の日常であり、朝霧家の2LDKには、今日も変わらない賑やかな笑い声が響き渡るのだった。
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