渇きを癒やす甘いおねだり
勉強ぅー
キッチンから響く美月の楽しげな鼻歌と、ジュウジュウとお肉が焼ける香ばしい匂い。
普通の人間ならそれだけでお腹が鳴るはずの空間で、雫の膝を借りて横たわる澪は、自身の身体の奥から突き上げてくる『別の渇き』に必死に耐えていた。
トクトク、トクトクと、自分の頭を優しく包み込んでいる雫の手首から、鼓動に合わせて流れる血の音が聞こえる。それが、今の澪にはどんな高級なスイーツやごちそうよりも甘く、美味しそうに感じられてしまうのだ。
(だめ、耐えなきゃ……。でも、口の中がすっごく渇いて……頭がクラクラする……っ)
真祖として目覚めたばかりの本能的な飢えは、ただお肉を食べるだけでは決して満たされない。
ぎゅっと目をつぶり、顔を両手で覆って必死に堪えようとする澪だったが、その呼吸は次第に熱く、荒くなっていく。
「……みお? やっぱり、まだ身体、あつい?」
雫はおとなしめの天然な口調のまま、心配そうに小首を傾げた。
無表情のまま、雫のひんやりとした細い指先が、澪の熱くなった頬にそっと触れる。その冷たさが心地よくて、けれど同時に、指先のすぐ下を流れる血の匂いがさらに強く澪の鼻腔をくすぐった。
「う、ぅん……。あのね、雫ちゃん……」
限界だった。澪はシーツを掴むように雫のパーカーの裾をきゅっと握りしめ、トロンと潤んだ真紅の瞳で、恐る恐る雫を見上げた。
顔がリンゴのように真っ赤に染まっていく。大好きな相棒にこんな破廉恥なおねだりをするなんて恥ずかしすぎるけれど、本能の渇きにはもう抗えなかった。
「その、お肉の匂いもすっごく美味しそうなんだけど……。私、なんだか……雫ちゃんの、その……血が、欲しくなっちゃって……っ」
「……私の、ち?」
雫は真紅の瞳をパチパチと瞬かせた。
「うん……。雫ちゃんの手首とか、首筋を見てると、すっごく甘くて美味しそうに見えるの……。あの、変な意味じゃなくて、吸血鬼になっちゃったから、だと思うんだけど……っ」
一気にまくしたて、恥ずかしさのあまり雫の胸元に顔を埋めて縮こまる澪。
嫌がられたらどうしよう、不気味だと思われたらどうしよう。そんな澪の不安を余所に、雫は至って大真面目な顔のまま、おとなしいタメ口でぽつりと言った。
「……ん。いいよ。みおになら、いくらでも、あげる」
「え……?」
澪がハッと顔を上げると、雫は無表情のまま、自分の白パーカーの襟元を少しだけ横に引っ張り、白く透き通るような綺麗な首筋を無防備に晒してみせた。
「……私は、始祖だから、ち、たくさんある。みおの、お腹がいっぱいになるまで、吸っていいよ。はい、どうぞ」
「雫ちゃん……っ」
どこまでも真っ直ぐで、無自覚に深い愛を向けてくれる雫。
その優しさに胸を締め付けられながらも、澪は吸血鬼としての本能に背中を押されるように、ゆっくりと雫の首筋へと顔を近づけた。
ふわり、と、雫の身体から漂う冷たくて甘い香りが、澪の理性を完全に溶かしていく。
澪は雫の華奢な肩をそっと抱きすくめると、自身の口元から小さく覗く、新しく生えた吸血鬼の牙を、雫の白い肌へとそっと突き立てた。
「……っ」
雫の肩が、ピクッと小さく跳ねる。
ちゅぅ、と静かなリビングに、小さく血を吸う音が響く。
初めて口にする、雫の血。それは本能が求めていた通り――いや、それ以上に、ハチミツの結晶を溶かしたかのように濃厚で、とびきり甘くて、美味しかった。
一口、また一口と血を飲み下すたびに、澪の身体の奥で暴れていた渇きが、みるみるうちに極上の幸福感へと変わって満たされていく。
「……みお。くすぐったい。……でも、あったかくて、きもちいい」
雫は無表情のまま、けれど愛おしそうに澪の背中に腕を回し、優しく抱きしめ返した。
始祖の血が、真祖の澪へと流れ込み、2人の魔導の炎がリビングのなかで静かに、より一層深く溶け合っていく。
「はーい、お肉が最高に美味しく焼き上がったよ……って、わちゃあぁぁーーっ!?」
大皿のステーキを両手に持った美月がキッチンから戻ってきた瞬間、ソファの上で熱烈に抱き合って首筋に噛み付いている2人の姿を見て、お肉を落としそうになりながら盛大に声を裏返した。
「お、お姉ちゃんたち! 美月がいないすきに、リビングで何すっごくハレンチなことしてるのぉーっ!?」
「ひゃんっ!? み、美月っ!? これは、その、違うのぉーーっ!!」
澪は慌てて雫の首筋から顔を離し、口元を赤く染めたままパニックになって叫んだ。
そんな大慌ての澪の横で、雫だけは口元にほんの少しだけ澪の紅蓮の魔力を残したまま、無表情にぽつりと言った。
「……美月。お肉、美味しそう。……みおのご飯、もう終わったから、みんなで食べよ」
永遠の時間を手に入れた吸血鬼の2人と、賢い妹の賑やかな朝。
恥ずかしさで完全にオーバーヒートしてデレデレな澪と、どこまでもマイペースな雫の、あまくて美味しい後日談は、美月のツッコミと共にどこまでも続いていくのだった。
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