澪の妹
ギルドを出た2人は、すっかり暗くなった街のアスファルトを進んでいた。
並んで歩く澪は、おしゃれな現代の私服。対する雫は、山での過酷な自給自足生活で擦り切れ、あちこちが薄汚れた貧相な衣服を着ている。街行く人々がその異様な格好にチラチラと視線を向けるが、雫は気にする風もなく、無表情のままぽつりと呟いた。
「……地面、黒くて、平ら。歩きやすい」
「あはは、アスファルトだからねー。あ、うちあそこだよ! あの高い建物!」
澪が指さした先には、夜空に向かってそびえ立つコンクリートのマンションがあった。
入り口のガラスの扉へ近づくと、何も触れていないのにウィーンと音を立てて勝手に左右に開く。
「……っ」
雫はピクッと肩を震わせ、すかさず腰の弓へ手を伸ばした。感情の乗らない瞳の奥で、激しい警戒の光が走る。
「……透明な壁が、割れずに、退いた。新種の魔物?」
「魔物じゃないから! 自動ドア! センサーで人間を感知して開くだけだから弓引かないで!」
「……そう。びっくりした」
無表情のまま、トコトコと澪の後ろに隠れるようにしてエレベーターに乗り込む。
数階上がって到着した『2LDK』の部屋の前に立ち、澪が鍵を開けてドアを押し開けた。
「ただいまー! 美月、遅くなってごめん!」
「あ、お姉ちゃん! おかえりなさーい!」
奥からパタパタと小走りでやってきたのは、短い髪を揺らした9歳の少女――朝霧美月だった。
天真爛漫な笑顔を浮かべた彼女だったが、澪の後ろに佇む少女の姿を見た瞬間、ピタリと足を止めた。
「……あれ? お姉ちゃん、その後ろの……ボロボロの人はだれ……?」
美月は少し身を引いて、警戒するように丸い目を細める。
山でサバイバル生活をしていた雫の格好は、服が破れているだけでなく、まるで野生の獣のような独特の鋭い気配をまとっていた。マンションの玄関には明らかに不釣り合いなその姿に、9歳の美月が本能的に不審がるのも無理はなかった。
「あ、えっとね! この子は照道雫ちゃん。実はさっき、ダンジョンで私が狼に囲まれてマジで死にそうになってたところを、この子が弓で助けてくれたの! 私の命の恩人なんだよ」
「えっ……お姉ちゃんを助けてくれたの?」
美月は驚いて目を丸くした。それから、じっと雫の様子を観察する。
服は貧相で汚れているけれど、背負っている弓の扱いには無駄がなく、その佇まいには独特の凄みがある。賢い美月は、澪の言葉が嘘ではないとすぐに察した。
「……はじめまして。照道、雫。山で、獣を狩って、生きてた」
雫はお辞儀をしながら、感情の読めない声で、ぽつぽつと短く自分の素性を明かした。
「山で生きてた……? じゃあ、本当にずっとその弓だけでサバイバルしてたんだ。すごい……。美月、お姉ちゃんから『マジで死にかけた』ってメッセージだけきてて、すっごく心配だったの。雫お姉ちゃん、お姉ちゃんを助けてくれてありがとうございます!」
美月は最初の警戒をすっかり解いて、ペコリと綺麗に頭を下げた。実戦経験のある姉を救った雫の実力を、幼いながらに正しく理解して感謝したのだ。そして、嬉しそうに雫の手をぎゅっと握りしめる。
「……ううん。お姉さん、弱かった。狼に、食べられそうだった」
「ちょ、雫ちゃん!? 美月の前で私のダサいところこれ以上暴露しないでよー!」
澪が顔を真っ赤にして抗議する姿を見て、美月は安心したようにクスクスと笑う。
そんな賑やかな2人のやり取りを、雫は無表情ながらも、どこか不思議そうに見つめているのだった。
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