甘い余韻と、新しい絆
リビングを優しく包み込む夕暮れの赤い光の中。
ゴクリ、と雫の喉が鳴り、永遠の契約を刻むための静かな吸血が幕を閉じた。
雫がゆっくりと顔を上げると、その形の良い唇の端には、ルビーのように鮮やかな一滴の血が、名残惜しそうにきらめいていた。
「……ふ、ぁ……っ」
雫の腕の中に抱かれ、自ら首筋を差し出していた澪が、甘い吐息を漏らしながらシーツ――ではなく、リビングのソファの上へとトロンと身体を沈める。
初めて雫の牙を受け入れたその身体は、吸血鬼の始祖の魔力によって内側から優しく作り替えられ、熱い『紅蓮の炎』の魔力と混ざり合いながら、甘美な高揚感に満たされていた。
「……みお。大丈夫?
痛いの、飛んでけ、した」
雫は無表情のまま、けれどその深い深紅の瞳には、愛おしそうに澪を見つめる温かい光が宿っている。
雫の牙から分泌される特別な成分によって、澪にはもう一切の痛みはなく、ただただ、雫と魂の底から一つに繋がったという、圧倒的な幸福感だけが残されていた。
「うん……。痛く、ない……。
なんか、身体の奥がポカポカして……雫の匂いが、すっごく近くに感じる……っ」
澪は顔を耳の裏まで真っ赤に染めながらも、幸せそうに目を細め、雫のワンピースの裾をギュッと握りしめる。
2人だけの、誰にも邪魔できない永遠の空間。
――が、そこに広がるはずだったのだが。
「……あの、お姉ちゃん? 雫さん?」
パチパチと大きな瞳を瞬かせながら、ソファの対面から2人を生温かい目で見つめていた影が、コホンと小さく咳払いを模した。
すっかり存在を忘れていた、賢い妹の美月だ。
「ひゃ、ひゃいっ!? み、美月っ!?」
「うわぁ……。まさか目の前で本物の『眷属化の儀式』を見せられるとは思わなかったよ。
お姉ちゃん、さっきまですっごく格好いいこと言ってたのに、吸われた後はただの蕩けた茹でダコだね」
「なっ、何言ってるのよ美月ーっ!!
私は、雫を一人にしないって、決めたんだから……っ!」
ガバッと跳ね起きた澪が、顔から湯気が出そうなほどの勢いで抗議する。
そんな賑やかな姉妹のやり取りを見つめながら、雫は口元に残った血を、自分の親指でそっと拭った。
「……みづき。ありがとう。
私を、怖がらないで、お話してくれた。
これでもう、寂しくない。みおと、ずっと、いられる」
雫のその、一点の曇りもない素直な感謝の言葉に、美月は一瞬だけ呆気に取られたように目を丸くし、それから、ふっと優しく微笑んだ。
「……どういたしまして、雫さん。
お姉ちゃんが人間をやめちゃうのはちょっとびっくりしたけど……、これで雫さんが何百年経っても一人ぼっちにならないなら、妹としては大賛成だよ」
美月はソファから立ち上がると、伸びをして2人に背を向けた。
「さーて! シリアスな雰囲気もおしまい!
お姉ちゃんが眷属になって、お腹もすいたでしょ?
今夜は復興セールで買ってきた特上のお肉で、お祝いのご馳走を作るからね!」
「あ、私も手伝うよ、美月!」
「お姉ちゃんはまだ身体がふわふわしてるでしょ?
大人しく雫さんに膝枕でもされて休んでなさい」
「ふぇっ!? し、雫の、ひざまくら……っ!?」
キッチンへと向かう美月の後ろ姿を見送りながら、澪はまたしても限界まで赤くなり、おそるおそる雫の太ももの方へと視線を向けた。
雫はといえば、生真面目な顔のまま、自分の膝をポンポンと叩いて澪を見つめている。
「……みお。おいで。丸太みたいに、優しく、抱っこする」
「丸太と一緒にしないでよぉ……っ!」
不器用な天然野生児の雫と、眷属になったばかりの真っ赤な澪。
2LDKの我が家には、かつてないほどに甘く、そして温かい、永遠の日常の音が響き渡っていた。
今更ですが丸太は魔物のことです(雫の中での)
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