置いていかない、絶対に
「……みんながいなくなっても、私だけ、ひとりで、生き続ける。
それが、すごく、こわい。
みんなを置いていっちゃうの……いや、だよ……っ」
夕暮れの赤い光が差し込むリビングで、ボロボロと大粒の涙を流す雫。
その小さな肩は、今まで誰も知らないところで一人きりで抱え込んできた、果てしない未来への恐怖でガタガタと震えていた。
静まり返る部屋の中で、真っ先に動いたのは澪だった。
「――な~んだ。そんなこと?」
澪は、涙を流す雫の顔を両手で優しく挟み込むと、無理やり自分の方へと向かせた。
そして、いたずらが成功した子供のように、ふにゃりと、けれどどこまでも力強く微笑んだ。
「み、お……?」
「雫は本当に、サバイバルの常識は規格外なのに、女の子の気持ちには疎いんだから。
いい? よく聞いて、雫」
澪は、自分の琥珀色の瞳を、雫の潤んだ深紅の瞳へと真っ直ぐにぶつける。
「私はね、雫を一人ぼっちになんて、絶対にさせないよ」
「……でも、みおは人間。……いつか、死んじゃう」
「死なないよ。だって――」
澪は雫の涙を親指で優しく拭うと、自らの長い赤髪を、さらりと手で大きくかき上げた。
夕日に照らされた白く滑らかな首筋が、雫の目の前に差し出される。
「雫が吸血鬼の始祖なら、私を『眷属(吸血鬼)』にしてよ」
「っ……!?」
「お姉ちゃん……っ!」
美月が驚きに目を見張る。けれど、澪の覚悟に満ちた瞳は、一点のブレもなかった。
「あの日、絶体絶命の私を救ってくれたのは、弓を捨ててまで始祖の力を受け入れてくれた雫だよ。
今度は、私が雫の運命を半分もらう番。
人間をやめることなんて、雫と一緒にいられなくなる恐怖に比べたら、ちっとも怖くない!」
澪の熱い言葉が、雫の凍りついた心を、激しい『紅蓮の炎』のように包み込んでいく。
「おばあちゃんになるのも、死んじゃうのも、全部お断り!
私は何十年経っても、何百年経っても、この姿のままで、ずーっと雫の隣で前衛を張ってあげる!
……だから、私を置いていかないで。私を、雫の特別な吸血鬼にして?」
それは、生涯のすべてを捧げるという、これ以上ないほど熱烈な『愛の告白』だった。
雫は、呼吸をすることすら忘れたように澪を見つめていた。
口の奥で、吸血鬼の犬歯が、澪の激しい恋心と脈動に呼応して、かつてないほど熱く、ドクドクと疼き狂う。
「……みお。本当に、いいの? もう、戻れない」
「いいよ。むしろ、大歓迎。
ほら、さっきのクレープより、もっともっと甘くて美味しい私の血、いっぱい吸って?」
澪は、誘うように小さく吐息を漏らしながら、雫の首に自ら両腕を回した。
雫はもう、本能を抑えるのをやめた。
大好きな少女を、永遠の孤独から救ってくれる、世界で一番愛おしい存在を――その腕の中に、壊れ物を抱くようにぎゅっと抱きしめる。
「……うん。みお。……いただきます」
夕暮れのリビング。
静かに見守る美月の前で、雫はゆっくりと、澪の赤髪に顔を埋め、その柔らかな首筋へと深く、深く、永遠の契約を刻むように牙を突き立てた――。
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