いつか、ひとりぼっちになる運命
楽しいお買い物と、甘いクレープの時間を終えて。
夕暮れ時の魔導科学の街を歩き、3人は再び近代マンションの我が家(2LDK)へと戻ってきた。
買ってきたばかりの水色のワンピースをクローゼットへ片付け、リビングのソファに腰掛けたその時。
いつもなら「お夕飯、なに?」と無邪気に聞いてくるはずの美月が、静かにリビングのドアを閉めて、鍵をパチリと閉めた。
「……美月? どうしたの、鍵なんて閉めて」
ただ事ではない妹の雰囲気に、澪が不思議そうに声をかける。
美月はゆっくりと歩みを進め、リビングのローテーブルを挟んで、雫の正面に立った。
その大きな瞳には、いつものからかいの色はなく、どこまでも真剣な、鋭い光が宿っている。
「雫さん。……少し、私とお姉ちゃんにお話をさせてくれませんか?」
「……お話? うん。なに?」
首を傾げる雫。けれど、山育ちの鋭い野生の勘が、美月の発するただならぬ空気を感じ取ってピきりと緊張に跳ねた。
「一昨日の大氾濫の時。……雫さんの身に、一体何が起きたんですか?」
静かな、けれど逃げ場のない美月の声がリビングに響く。
「美月、急に何を……っ! 雫は私を救うために必死に戦ってくれて――」
「お姉ちゃん、静かにしてて。
お姉ちゃんからさっき聞いたよ。試着室で、雫さんの犬歯が尖っていたこと。
それに、さっきフードコートでクレープを食べていた時も……雫さん、お姉ちゃんの首筋を流れる血の音を、じっと、飢えた獣みたいに聞いてたでしょ?」
ビク、と雫の身体が小さく震えた。
無表情なはずの顔が、わずかに強張る。
「怪我の治りも早すぎる。肌の白さも、人間のものじゃない。
それに何より……さっきお洋服屋さんで、楽しそうなお姉ちゃんを見つめる雫さんの目が、すっごく寂しそうだった。
まるで、遠い、遠い未来の終わりを一人で見つめているみたいに。
……雫さん。私に、隠し事をしていませんか?」
核心を突かれた。
嘘をつくことを知らない山育ちの少女は、ぎゅっと自分の膝の上の拳を握りしめ、唇を噛んだ。
口を開けば、すべてが壊れてしまうかもしれない。
自分が『人間』ではなくなってしまったこと。
あの日、澪を助けるために、禁忌の薬を飲み干してしまったこと。
「……雫?」
隣に座る澪が、不安そうに雫の手をそっと握りしめる。
その手の、驚くほどの熱さと、ドクドクと優しく脈打つ命の音。
その温もりに触れた瞬間、雫の目から、ぽろりと一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……みお。みづき」
消え入りそうな声で、雫は静かに語り始めた。
「私……人間じゃない。
あの日、みおを助けたくて、薬、飲んだ。
伝説の、吸血鬼の始祖、になっちゃった」
「吸血鬼の、始祖……」
美月が息を呑む。
雫は涙をボロボロと流しながら、それでも隠すのをやめて、すべての真実を言葉にした。
「血が、ほしくなる。みおの血、朝、吸わせてもらった。……すごく、あまくて、おいしかった。
でも、それだけじゃないの。
吸血鬼の始祖は……時間が、止まる」
「時間が、止まる……? それって……」
澪の声が、裏返る。
雫は握られた澪の手を、壊れ物を扱うように、優しくぎゅっと握り返した。
「……私、もう、歳をとらない。
傷ついても、すぐ治る。病気にも、ならない。
この先、何十年、何百年経っても……私は、この姿のまま、ずっと、死なない」
静まり返る2LDKのリーム。
夕日が差し込む部屋の中で、雫は顔を上げ、泣き崩れそうな顔で澪を見つめた。
「みおも、みづきも……いつか、おばあちゃんになって、死んじゃう。
でも、私は……ずっと、このまま。
みんながいなくなっても、私だけ、ひとりで、生き続ける。
……それが、すごく、こわい。
みんなを置いていっちゃうの……いや、だよ……っ」
無口で常識ゼロの野生児だった少女が、初めて見せた、心の底からの恐怖と、弱音。
自分が手に入れた『不老不死』という呪いのような運命。
その圧倒的な孤独の告白に、リビングは、ただ夕暮れの赤い光に包まれていった。
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