幸せの味と、小さなしっぽ
賑やかなレディースショップを後にした3人が向かったのは、モールの最上階にある巨大なフードコートだった。
大氾濫からの復興を記念した、色とりどりの旗が天井を飾り、あちこちの店から香ばしいお肉の匂いや、甘いソースの香りが漂ってくる。
山育ちの雫にとって、この空間はまさに『極上の獲物が詰まった森』のようなものだった。
「ほら雫、あそこだよ! 復興セール限定の『魔導イチゴの特盛りクレープ』!」
澪が嬉しそうに指差した先には、すでに甘い匂いに誘われたおきゃくさんで小さな行列ができているクレープ屋さんがあった。
3人は列に並び、お目当てのクレープを注文する。
お会計を済ませて差し出されたのは、溢れんばかりの真っ白な生クリームに、ルビーのように真っ赤なイチゴがこれでもかとトッピングされた、芸術品のようなクレープだった。
「……おお。白い、山。……これ、全部、食べられる?」
「食べられるよ! さあ、溶けないうちに席に座って食べよ!」
フードコートの窓際の席を確保し、3人は一斉にクレープに齧り付いた。
「んんっ~! 美味しいっ! クリームがすっごく濃厚!」
「本当だ、お姉ちゃん。イチゴも甘酸っぱくて最高だね。
雫さん、お味はどう……って、わぁ!?」
美月が驚いたように声を上げる。
見れば、雫は無表情のまま、ものすごい勢いでクレープを口へと運んでいた。
あまりの美味しさに、雫の背後には、まるで嬉しそうに激しく左右に振られる『野生の狐のしっぽ』が幻視できるほどだった。
「……おいしい。山のハチミツより、ずっと、あまい。
みお、これ、毎日、狩りたい」
「ふふ、狩るんじゃなくて買うんだよ、雫。
あ、もう、口のまわりにクリームがいっぱいついてる。ほら、じっとしてて」
呆れながらも愛おしそうに目を細めた澪が、ポケットから魔導ハンカチを取り出し、雫の顔へと近づける。
その瞬間。
またしても、2人の距離がほんの数センチの至近距離へと縮まった。
「っ……」
雫の五感が、目の前の澪の首筋を流れる、熱くて甘い血液の駆動音をダイレクトに捉える。
クレープの甘い匂いに混ざって、脳髄を痺れさせるような澪の『命の匂い』。
口の奥で、小さな白い犬歯が、朝の吸血を思い出してきゅ~っと切なく疼きだした。
「……雫? どうしたの、急にじっと見つめて……」
「……ううん。みおの匂い、クレープより、すき」
「ひゃいっ!? な、何言ってるのバカ雫ーっ!!」
またしても天然ストレートな言葉を叩き込まれ、澪はクレープを持ったまま顔を真っ赤にしてガタガタと席を揺らした。
そんな2人のやり取りを、正面の席からじっと見つめている影があった。
妹の、美月だ。
「…………?」
美月は、クレープを美味しそうに食べる雫の姿を、どこか不思議そうな、観察するような瞳で見つめていた。
一昨日の大氾濫。あの絶望的な戦場で、雫の身に何が起きたのか。
ただの人間だったはずの雫が、どうして測定不能なほどの『神速』を超えた力を手に入れたのか。
そして、先ほどお洋服屋さんで、雫の背中のファスナーを上げたとき、澪からこっそりと魔導スマホのメッセージで送られてきた【雫の犬歯が尖っていた】という奇妙な報告。
賢い美月の頭の中で、いくつかのピースが、静かに繋がり始めていた。
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