極限の神速、削り取られる残数
ドゴォォォォンッ!!
深層の王『ジ・アース』の結晶の腕が引き起こした衝撃波が、ギルマス・バルトの巨体をも容赦なく吹き飛ばし、硬い石壁へと叩きつける。
周囲の探索者たちが恐怖で身を竦め、戦意を完全に喪失するなか、白パーカーのフードを小さく揺らした雫だけは、感情の読めない瞳のまま、トコトコと一人でボスの正面へと歩み出た。
「……すごく、大きい。山の、どの獣よりも、頑丈そう」
おとなしめの天然な口調。けれど、雫の引き締まった全身からは、長年の過酷なサバイバル生活で培われた『A級』の凄まじい殺気が放たれていた。
「雫ちゃん、ダメ、一人じゃ危ないよ……っ!」
背後から澪が悲痛な声を上げるが、その場に留まれば、一瞬でボスの広範囲攻撃に巻き込まれて全員が肉塊に変えられる。それを本能で見抜いた雫は、無表情のまま右足を後ろに引いた。
「……澪は、そこにいて。……この丸太は、私が、止める」
直後、俊敏ステータス『125』の神速が炸裂した。
ドムッ、と大地を爆破するような踏み込みとともに、雫の身体が戦場から完全に消失する。
ジ・アースの冷酷な紅い眼光が左右に揺れたときには、すでに雫はボスの真横の空中へと跳躍していた。空中という足場のない空間で、雫の細い指先が背中の矢筒へと滑り込む。
発動するのは、彼女の唯一無二のユニークスキル――『百射百中』。
ヒュンヒュンヒュンヒュンっ!!!!
鼓膜を激しく圧迫する爆音が連続して轟いた。
神速の4連射。放たれた4本の矢は、ジ・アースの巨体の急所――両目の奥にある魔力核と、巨体を支える両膝の関節へと、一ミリの狂いもなく正確に突き刺さる。
ズガァァァァンッ!!
「グ、オォォ……っ!?」
結晶の破片が激しく飛び散り、さしもの深層の王が、強烈な衝撃にその巨体を大きくよろめかせた。A級探索者の放つ一撃必殺の神速。それが出木損なうことなくすべて急所に直撃したのだ。
「す、すげえ……! あの化け物の動きを一人で止めてやがる……!」
後方で腰を抜かしていた探索者たちから歓声が上がる。しかし、最前線で一人で弓を引き絞り続ける雫の表情は、どこまでも険しかった。
(……硬い。私の矢が、半分しか、刺さらない。……削り切る前に、あれが保つか)
雫の黒い瞳が、チラリと自分の背中の『矢筒』へと向けられた。
山から持って降りてきた、愛用の矢の総数は三十本。
さっきの連射で、残りは――二十六本。
ジ・アースは、傷口から漆黒の魔力を噴き出させながら、折れた結晶を一瞬で再生させて咆哮を上げた。怒り狂った結晶の巨腕が、空中にいる雫へと容赦なく振り下ろされる。
「……っ」
コモンスキル『野性直感 Lv.4』が、その一撃の軌道を完璧に先読みしていた。
雫は壁を蹴り、天井を走り、重力を無視したような超絶的な回避スピードでボスの猛攻を紙一重ですり抜けていく。そして、すれ違いざまに次々と弦を放った。
ヒュンっ! ヒュンっ! ヒュンっ!
ボスの関節が爆発するたびに、矢筒の矢の残数が23、20、17……と、恐ろしい速度で消費されていく。
一歩間違えれば即死の極限の死闘。
神速の回避と精密な『百射百中』で、雫は一人でボスを圧倒しているように見えた。だが、血魔術も無限の矢も持たない現在の雫にとって、矢の消費はそのまま「命のタイムリミット」を意味していた。
残りの矢が、ついに一桁へと突入しようとしていたその時――ジ・アースの紅い瞳が不気味に明滅し、ボスの全身から、戦場全体を覆い尽くすほどの広範囲破滅魔術の光が溢れ出し始めた。
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