神速の連射、防衛線の孤高
轟、と要塞の最前線に吹き荒れる風は、鉄と血の混じった悍ましい魔力の匂いに満ちていた。
ギルド要塞の巨大な鉄格子ハッチが火花を散らしながら完全に跳ね上がると、そこには赤黒い霧が立ち込める、広大な地下大空洞の戦場が広がっていた。
大地の底から響いてくるゴゴゴゴゴという地鳴りは、今や鼓膜を直接破らんばかりの質量を持った「獣たちの足音」へと変わっている。
「第一波、接敵まで残り三十秒! 前衛、盾を構えろ! 魔法職、詠唱を急げ!」
防衛ブロックを指揮するベテラン探索者の怒号が響き渡る。
数百人もの一流探索者たちが冷や汗を流しながら武器を構えるなか、白パーカーのフードを小さく揺らした雫は、感情の読めない瞳のまま、トコトコと最前列の防壁の淵へと歩み出た。
「……澪。ここに、いて。危ないから」
おとなしめの天然な口調。けれど、その小さな背中から放たれる圧倒的な『A級』のオーラに、隣に並ぶC級剣士の澪は、一瞬だけ息を呑んだ。
「ううん、私はもう逃げないよ。雫ちゃんが前を射抜いてくれるなら、私は左右から漏れてくる敵をこの剣で完璧に捌いてみせる!」
「……うん。じゃあ、任せる。信頼、してる」
雫は無表情のまま、少しだけ若干のタメ口を交えて微笑むように目を細めた。
そして、背中から愛用の大きな弓を滑らかに引き抜く。左手首に巻かれたパーティーの『組紐』が、魔力の霧の中で淡く、気高く光を放っていた。
(きゃ、キャー――っ!? 戦場に向かう直前にそんな熱い信頼のやり取りをするなんて……! 澪ちゃんの顔がまた真っ赤になってますわよ! 無自覚なイチャイチャが最高に尊いですわ……っ!)
「来やがったぞォォォーーっ!!」
誰かの絶叫と同時に、赤黒い霧の向こうから、無数の紅い眼光が津波のように押し寄せてきた。
第一波を形成するのは、鋭い牙を持つ下級魔物――『ダークウルフ』と『アーマードゴブリン』の大群だ。その数、およそ数千。地を埋め尽くすほどの化け物の大軍勢に、周囲のC級探索者たちの顔からスーッと血の気が引いていく。
「……たくさん、いる。……あれ、全部、お肉ならいいのに」
絶望的な光景を前にして、雫がぽつりと呟いた言葉は、相変わらずどこかズレていた。
雫は静かに右足を後ろに引く。俊敏ステータス『125』の神速の領域。
指先が矢筒の矢に触れた瞬間――世界が、スローモーションに変わった。
引き絞られる弦。発動するユニークスキル――『百射百中』。
ヒュンっ!!!!
それは、もはや矢が放たれた音ではなかった。大砲が炸裂したかのような重低音の風切り音が、戦場全体を震わせる。
目にも留まらぬ神速で放たれた一矢は、最前列を走っていたダークウルフの眉間を正確に貫き、その凄まじい風圧だけで、背後にいた数頭のゴブリンをもまとめて肉塊へと変えて消し飛ばした。
「ガ、ガァ……っ!?」
「おい、今何が起きた!?」
周囲が驚愕に目を丸くするが、それはほんの始まりに過ぎなかった。
ヒュンっ! ヒュンっ! ヒュンっ! ヒュンっ!
雫の右腕が、残像すら残らない速度で動き始める。
一秒間に数発という、人間の限界を遥かに超えた神速の連射。放たれる矢はすべてが『百射百中』の法則に縛られ、どれだけ複雑に入り乱れる魔物の大群であっても、一ミリの狂いもなく急所へと吸い込まれていく。
ズドン! ズドン! ズドン!
森林エリアで培われた『隠密』と『気配察知』が、魔物たちの動きを完璧に見切っていた。
雫が一人で弓を引き絞るたびに、津波のように押し寄せていた魔物の大群が、まるで目に見えない巨大な壁に衝突したかのように、前方から次々と弾け飛んで消滅していく。
「バ、化け物か……!? あの白パーカーのガキ、一人で第一波の突進を完全に足止めしてやがる……!」
「これが、一ヶ月でA級に登り詰めた『神速の孤高』の実力なのか……っ!」
絶望に染まっていた防衛線に、一気に歓声が湧き上がる。
周囲の探索者たちがその圧倒的な無双ぶりに震え上がるなか、雫はただ一人、額に一滴の汗すら浮かべることなく、淡々と、おとなしめの無表情のまま次の矢を番え続けるのだった
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