不穏の灯火と、ギルド長の決断
地を這うような不気味な地鳴りが響くなか、雫と澪は、要塞のような石造りの建物――『探索者ギルド防衛拠点』へと到着した。
いつもなら、依頼を終えた探索者たちの笑い声や、酒を酌み交わす賑やかな声で溢れているはずのギルドホール。しかし、重厚な扉を押し開けた2人を迎えたのは、鼓膜が痛くなるほどの重苦しい静寂と、肌を刺すような強烈な殺気だった。
「……人が、たくさん。みんな、怒ってる?」
雫は白パーカーのフードを少しだけ深く被り直し、感情の読めない瞳で周囲を見回した。
広いホールには、普段の低ランクエリアでは絶対に見かけないような、見るからに強靭な装備を身にまとった一流探索者たちがひしめき合っていた。
重厚な鉄の鎧を纏ったB級の重戦士や、禍々しい魔導杖を握ったベテランの魔法使い。誰もが一切の無駄口を叩かず、青ざめた顔で武器の手入れをしたり、腕を組んで床を睨みつけたりしている。
「みんな怒ってるんじゃなくて、緊張してるんだよ……。ここにいるの、全員がB級やC級の上位探索者ばかりだもん……」
澪は愛用の剣の柄をぎゅっと握りしめ、ゴクリと息を呑んだ。
数ヶ月前なら、この場の雰囲気に気圧されて足が震えていたかもしれない。けれど、地獄の特訓を耐え抜いてC級へと這い上がった今の澪の瞳には、怯えではなく、相棒を守るという強い覚悟の光が灯っていた。
「おい、見ろよ。あの白パーカーのガキ……」
「『神速の孤高』、照道雫だろ? 一ヶ月でA級に上がったっていう化け物新人……」
「こんな可愛い子供まで最前線に駆り出されるなんて、今回の件はマジでヤバいんじゃねえか……?」
遠巻きに、A級の金色カードを持つ雫へ畏怖の視線が集まる。しかし、雫はそんな周囲のヒソヒソ声を気にする風もなく、おとなしいトーンで、トコトコと澪の隣へ寄り添った。
「……澪。私の後ろ、空いてる。怖い猿(魔物)が来たら、隠れて」
「もう! 私はもう隠れるだけの足手まといじゃないってば! でも……ありがと、雫ちゃん」
緊張の張り詰めるホールのなかで、雫の少しズレたタメ口の優しさに、澪はふっと表情を緩める。無自覚に距離を詰めてくる雫に、少しだけ胸の奥がキュンと温かくなった。
その時、ホールの奥の壇上に、一人の大きな男が姿を現した。
体中に無数の傷跡を持つ、眼光の鋭いギルドマスター――バルトだ。その横には、深刻な顔をしたギルドの幹部たちがズラリと並んでいる。
バルトが壇上の中央に立ち、魔導拡声器を起動すると、ホール中の空気が一瞬で氷結したように静まり返った。
「集まってくれた探索者諸君、急な招集に応じてくれたことに感謝する。……単刀直入に言おう」
バルトは一度言葉を切り、ホールにいる全員の顔を、鋭い眼光で見据えた。そして、深く、重い声を響かせた。
「今からおよそ3時間後――この防衛拠点の直下にある深層ダンジョンにて、過去最大規模の『大氾濫』が発生する」
「っ……!?」「な、なんだって……!?」
静寂だったホールが、一瞬にして爆発したような騒然とした空気に包まれた。ベテランの探索者たちでさえ、恐怖に顔を歪めて声を荒げる。
「ギルマス、本当なのか!? スタンピードって……あの、魔物が地上に溢れ出して、街を一つ壊滅させるっていう、あの災害か!?」
「あぁ、間違いねえ」
バルトは野太い声で、騒ぐ探索者たちを一喝した。
「深層の魔力計測器がすべて限界値を突破した。現在、地下では数万を超える魔物の大群が、地上を目指して文字通りの『津波』となって駆け上がってきている。……こればかりは、地震と同じだ。我々にできるのは、ここで防壁を築き、命を懸けて奴らを『食い止める』ことだけだ」
バルトはデスクの上の端末を叩き、ホログラムの地図を空中に投影した。
「幸いにも、このギルド要塞はスタンピードの盾となるために頑強に作られている。ここが決壊すれば、お前たちの家族が住むあの街は、一晩で消えてなくなるだろう」
「……美月が、危ない」
地図に映る自分たちのマンションのエリアを見て、雫が初めて、無表情な顔のままピクリと細い眉をひそめた。感情の読めない瞳の奥に、大切な『居場所』を守るための静かな怒りの炎が灯る。
「第一波の激突まで残り3時間。全探索者は直ちに指定の防衛ブロックへ就け! この街の未来は、お前たちの武器にかかっている。――以上だ。散開せよ!!」
ギルマスの咆哮とともに、ギルドの重い隔壁が次々と開き、要塞の外部へと続く戦闘用通路が姿を現した。
ついに引き返せない、街の存亡を懸けた総力戦の幕が上がろうとしていた。
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