不協和音の魔導通知
ゴゴゴゴゴ……。
朝の爽やかなリビングを震わせた、地を這うような低い音。
それは単なる地震の揺れとは明らかに違っていた。大地の底から、おびただしい数の獣の足音が響いてくるような、本能的な嫌悪感を抱かせる不気味な地鳴りだ。
「……何、これ。ダンジョンのほうから、変な音がする……?」
澪は、雫の胸に頭を預けてフニャフニャになっていた体をピクリと強張らせ、窓の外を見つめた。
「……ん。空気が、濁ってる。山で、大きな嵐が来る前の、匂い」
雫は無表情のまま、添えていた手を澪の頬から離し、窓の向こうの空をじっと見つめた。
感情は顔に出ない。けれど、長年サバイバル生活を送ってきた雫のコモンスキル『野性直感 Lv.4』が、かつてない規模の『大災厄』の気配を敏感に察知して、脳裏に警報を鳴らしていた。
その時だった。
ピピッ、ピピッ、ピピッ――!
テーブルの上に置かれていた、澪の魔導スマホと、雫のギルド端末が、同時に鋭い警告音を鳴り響かせた。
それは普段の依頼完了通知や、ガルガ師匠からの甘々なメッセージとは一線を画す、耳を劈くような不協和音だった。
「ひゃんっ!? びっくりした……なに、同時に?」
「……これ、ギルドからの、光」
雫の持つ黒い端末の画面が、真っ赤なバックライトで明滅している。
澪が慌てて魔導スマホの画面をタップすると、そこにはギルドの運営から、全探索者に向けて発信された【緊急一斉招集命令】の文字が躍っていた。
『緊急令:ランクC級以上のすべての探索者は、直ちに最寄りのギルド防衛拠点へ緊急出頭せよ。繰り返す。ランクC級以上のすべての探索者は――』
「緊急招集……!? しかも、C級以上って……これ、ただ事じゃないよ。普通、全体の招集なんて、何年に一度あるかないかのレベルなのに……」
澪の顔から、さっきまでのデレデレとした赤みが一気に引き、青ざめていく。
地獄の特訓を経てC級に上がったばかりの澪。そして、一ヶ月でA級まで駆け上がった雫。現在の2人は、どちらもこの「緊急招集」の対象に含まれていた。
「……澪。いく?」
雫はトコトコとリビングの隅へ歩いていくと、壁に立てかけてあった愛用の大きな弓を手に取った。
白パーカーの上から、三十本の矢が入った矢筒を背負う。その一連の動作には、おとなしい見た目からは想像もつかないような、洗練された狩人の無駄のなさが宿っていた。
「うん……行かなきゃ。ギルドの命令は絶対だし、何より、この不気味な地鳴りがすごく不吉だよ。美月、お留守番できる? 鍵は絶対に開けちゃダメだからね!」
「うん、大丈夫! お姉ちゃん、雫お姉ちゃん、気をつけてね……!」
9歳の美月は、賢い瞳に少しだけ不安をにじませながらも、天真爛漫な笑顔を努めて作って2人を送り出そうとする。
「……美月、大丈夫。澪は、私が、守る。……お肉も、また持ってくる」
雫は無表情のまま、美月の小さな頭をぽんぽんと撫でた。
「ちょっと雫ちゃん、私だってこれでもC級だし、守られてばっかりじゃないんだからね!」
「……そう? でも、澪、さっきまでフニャフニャだった」
「うぐっ……! それはそれ、これはこれ!」
いつものコミカルなやり取りを交わしながらも、2人は一歩、マンションの外へと足を踏み出した。
外の空気は、やはりどこか重苦しく淀んでいた。
いつもなら大勢の人で賑わっているはずのアスファルトの道路には人影が少なく、遠くのギルド要塞のほうからは、魔導拡声器を使った避難誘導のアナウンスが微かに響いてきている。
一歩一歩、ギルドへ向かって歩を進めるにつれて、大地の振動は少しずつ大きくなっていく。
迫り来る嵐の大きさを予感しながら、金色のカードを持つ雫と、緑色のカードを持つ澪は、並んで要塞のような建物へと急ぐのだった。
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