それぞれの道
翌朝、朝霧家のマンションの玄関で、澪は大きな荷物を背負って立っていた。
「じゃあ美月、雫ちゃん。しばらく家を空けるけど、ちゃんとご飯食べるんだよ?」
「うん! お姉ちゃんも特訓がんばってね!」
「……お姉さん、どこに、行くの」
雫は少し大きめのパジャマの袖を握りしめ、おとなしいトーンのまま、じっと澪を見つめた。心なしか、その瞳がいつもより少しだけ不安そうに揺れている。
「街の外にいる、すっごく強いベテランの探索者の人に弟子入りをお願いしに行くの。私さ、もっと強くレベルアップして、雫ちゃんの隣に堂々と立てるようになりたいんだ。だから……待っててね」
澪はそう言って、雫の頭を優しくポンポンと叩いた。
触れられた場所が熱くなるのを感じて、雫は無表情のままパチパチと瞬きをする。
「……うん。お姉さん、がんばって。寂しい、けど。……美味しいお肉、用意して、待ってる」
「あはは、ありがと! じゃあ、行ってきます!」
元気よく手を振って、赤髪の少女はマンションを出て行った。
バタン、と重いドアが閉まり、静かになったリビング。雫は自分の胸元に手を当て、小さく小首を傾げた。
「……美月。胸が、すこし、スースーする。……これも、病気?」
「ふふ、それはね、雫お姉ちゃん。お姉ちゃんがいなくて『寂しい』ってことだよ」
「……さびしい。……これが」
外の世界を知らなかった山の狩人は、澪と離れたことで、初めて人間の『寂しさ』という感情を知った。
無意識のうちに、手首に結ばれたパーティーの組紐をそっと撫でる。
一方、街を出た澪は、険しい岩山の頂上で、巨大な大剣を背負った隻眼の老剣士の前に跪いていた。元S級探索者にして、引退した伝説の剣聖――。
「ほう、あの規格外の弓使いの隣に立ちたい、だと? ククク、身の程知らずな娘だ。死ぬぞ?」
「死んでも構いません! あの子の背中を、ただ見てるだけの荷物になるのは……絶対に嫌なんです!!」
澪の濁りのない、熱い覚醒の片鱗を孕んだ瞳を見て、老剣士はニヤリと不敵に笑った。
「いいだろう。地獄の特訓だ、生き残ってみせろ」
一人は、さらに高みを目指して果てしないダンジョンの深淵へ。
一人は、その隣に追いつくために血と泥に塗れる地獄の修行へ。
山育ちの孤高の狩人と、彼女に惹かれた赤髪の少女。
2人の歩む道は一時的に分かたれたが、それはやがて訪れる『世界崩壊の危機』において、共に皆の希望となるための、大いなる助走に過ぎなかった。
(第1章:山の野生児、一流探索者(C級)になる ――完――)
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