神速の狩りと、極上ボアステーキ
「……いた。丸々と太って、美味しそう」
ダンジョン中層、鬱蒼と木々が生い茂る森林エリア。
雫は大きな大樹の枝の上に音もなくしゃがみ込み、感情の読めない瞳で地上を見下ろしていた。
視線の先には、軽自動車ほどもある巨体に、鉄のように鋭い牙を生やした魔物――暴走猪の群れが5頭、地面の根を掘り返して貪っている。
「雫ちゃん、ボアは突進力がエグいから、まずは1頭ずつ引き離して――」
「……お姉さん、しゃがんで。風が、変わる」
地上で剣を構えていた澪の言葉を、雫はおとなしい声で遮った。
同時に、雫の細い指が矢筒から3本の矢を同時に引き抜く。弓に番え、弦を限界まで引き絞る。
発動するのは、彼女のユニークスキル『百射百中』。
ヒュンヒュンヒュンっ!!
空気を切り裂く爆音が3連続で響いた。
放たれた矢は、森林の複雑な枝葉をすべて完璧にすり抜け、ボア3頭の眉間へと狂いなく吸い込まれた。
「ブモォッ!?」
悲鳴をあげる暇さえなかった。3頭の巨体が地響きを立てて同時にひっくり返る。
残された2頭が驚いて周囲を見回したときには、すでに雫は無表情のまま、空中で次の2本を引き絞っていた。
ヒュンっ! ヒュンっ!
さらに2頭が脳天を撃ち抜かれ、どさりと倒れ伏す。
わずか数秒。C級探索者のパーティーでも手こずるはずの凶暴な魔物の群れが、文字通りの『瞬殺』だった。
「う、嘘でしょ……一瞬で全滅させた……!?」
澪が呆然と口を半開きにしている横で、雫はスッと木から飛び降りると、トコトコと獲物へ近づいてナイフを取り出した。
「……新鮮なうちに、血を抜かないと、お肉が痛む。……解体する」
コモンスキル『解体 Lv.4』。
雫の無駄のない、まるで芸術品のようなナイフ捌きによって、巨大なボアは一瞬にして最高級のロース肉とバラ肉の塊へと姿を変えていく。
「……お姉さん、お肉、たくさん。美月、喜ぶ」
「あ、うん……本当にすごいね、雫ちゃん……」
圧倒的な実力差。澪は差し出された極上のお肉の塊を見つめながら、嬉しい反面、胸の奥がチクリと痛むのを確かに感じていた。
*
その日の夜、朝霧家の2LDKのダイニングには、香ばしい肉の焼ける匂いが充満していた。
「わあぁぁ! お肉柔らかい! すっごく美味しいよ、雫お姉ちゃん!」
「……うん。タレ、美味しい。甘くて、しょっぱい。……ごはん、進む」
美月が天真爛漫にハグハグとお肉を頬張り、雫も無表情のまま猛烈な勢いでお米をおかわりしていく。
「あはは、2人とも食べすぎだってー」
澪は努めて明るく笑いながら、2人に大皿のステーキを切り分ける。
「……お姉さん、食べないの?」
雫が、タレのついた口元を少しだけハムスターのように動かしながら、不思議そうに澪を見つめた。
「え? あ、食べるよ! ちょっとお腹いっぱいでさ」
「……ううん。お姉さん、今日、あんまり動いてない。お腹、すくはず」
「うぐっ……!?」
直球すぎる天然な指摘に、澪は胸を突き刺された。
確かに今日のダンジョンで、澪はただ雫の後ろを歩いていただけだった。
「……はい、あーん」
「えっ」
雫が無表情のまま、一番柔らかそうなロースステーキを箸で掴み、澪の口元へと差し出してきた。少し上目遣いで、じっと澪の反応を待っている。
「し、雫ちゃん……?」
「……美味しいお肉、食べると、元気になる。……はい、あーん」
無自覚な距離の近さと、おとなしいけれど真っ直ぐな優しさに、澪の顔が一気に爆発したように赤くなる。
「わ、分かったから! 自分で食べるからぁ!」
「……む。お行儀、よくない」
不満そうに首を傾げる雫。そんな2人の様子を見て、9歳の美月は「お姉ちゃん、顔真っ赤ー!」と賢そうにニヤニヤと笑うのだった。
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