第五節 『浄化』
「人々が平和だ無事だと言っているその矢先に、ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むように、突如として滅びが彼らをおそって来る。そして、それからのがれることは決してできない。」――テサロニケ人への第一の手紙 第5章第3節
「白き炎は、浄化の名を以て世界を焼いた。」――失楽の書 第1章第5節
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白炎が膨れ上がる。
街全体へ向かって——まるで、欲望ごと人類を消し去ろうとするみたいに。
澪は右腕を押さえた。熱い。違う、熱いなんてものじゃない。骨の奥まで焼けるみたいだった。
「やめ……!」
だが炎は止まらない。
頭の中で、声が響き続ける。
「浄化せよ。穢れを焼き払え。救済せよ。」
冷たい声だった。怒りも憎しみもない。ただ——絶対的な"正しさ"だけがそこにあった。
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白炎が空へ広がっていく。
雲を白く染めるほどの光。都市全体が、真昼のように照らし出される。
街の人々が一斉に顔を上げた。誰もが、その光に見惚れていた。
「……綺麗。」
誰かが呟いた瞬間、白炎が落ちた。
轟ッ――!
純白の火柱が、街へ降り注ぐ。黒い異形たちが絶叫し、レギオンが次々に焼け落ちていく。影が消える。欲望が浄化されていく。
だが——それだけじゃなかった。
白炎は車を焼いた。ビルを焼いた。道路を焼いた。そして——人間の肉すら焼き始めた。
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悲鳴が上がる。群衆が逃げ惑う。
「違う! そんなつもりじゃ……!」
澪の顔から血の気が引いた。止めようとすればするほど、炎は強くなる。助けたいのに。救いたいのに。
けれど炎は、止まらない。
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大型モニターの中で、マモンは静かに目を細めていた。
黄金の瞳に白炎が映る。
「……やはり。」
小さな呟き。その声には、珍しく——どこか悲しげな色があった。
「人類を愛するほど、白炎は世界を焼く。」
彼は燃え上がる都市を見渡した。逃げ惑う人々、泣き叫ぶ子供、崩壊していく街。それらを——まるで避けられない現実を受け入れるように、静かに眺めながら。
「神は完全な救済を求める。だから"不完全"を、許さない。」
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「違う……。」
澪の頬を涙が伝う。「私は……こんなの、望んでない……!」
するとマモンは、静かに澪を見た。責める色は一切なかった。ただ——哀れむような目だった。
「ですが。あなたは、誰も見捨てたくないのでしょう?」
澪の呼吸が止まる。
「全員を救いたい。誰も苦しませたくない。だから力を求める。」マモンは穏やかに微笑んだ。「それもまた——欲望ですよ。」
白炎がどくり、と脈打つ。まるでその言葉に歓喜するみたいに。
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澪はようやく気付いた。
白炎は、レギオンだけを焼いているわけじゃない。人間の"欲望"そのものに、反応している。
つまり——欲望を持つ限り、人間もまた浄化の対象なのだ。
「そんなの……救済じゃない……。」
その瞬間、頭の奥で再び声が響いた。今度は、以前よりずっとはっきりと。
「人は穢れている。故に浄化せよ。」
冷たく、神聖で、絶対に揺るがない——天の意志。
澪は耳を塞いだ。「やめて!」
白炎が暴走する。空へ、街へ、世界へ——。
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その時だった。
ひらり、と。黒い羽根が、澪の目の前へ静かに落ちた。
瞬間——白炎が、ぴたりと止まる。
澪は息を呑んだ。まただ。あの時と同じ。"何か"がいる。
震えながら振り返る。だが、そこには誰もいない。ただ——夜みたいに深く、静かな気配だけが、確かにそこにあった。
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遠くで、マモンが小さく笑った。
黄金の瞳がゆっくりと暗い空を見上げる。
「……なるほど。本当に、気に入っているのですね。」




