9 身に覚えのない功績
西方都市グンキョにある一軒家に、フレック皇太子はようやくたどり着くことが出来た。時間がかかったのは、魔王を倒した手柄のせいだ。
オルセン魔導卿による大魔王ペグドランの遺体見分にも立ち会わされた上、覚えている限りの戦闘についても聴取された。
だが、何も答えられなかったのである。
(本当に私が倒したのか?私にはそんな記憶はないというのに)
フレックは葛藤しながら、称賛の渦に揉まれていたのである。本心としては一刻も早く、目撃者かもしれないレフツ・ブラウリーに、確認せずにはいられなかったのだが。
(ミレイもウェインもゲイルも、同席させられていたからな)
仲間達だけを調査に向かわせることも出来なかったのである。
祝勝会のような宴会も何度かれた上でようやく自分の時間を持つことが出来た。
そして今、訪れようと思っていた家の前にいる。
「殿下、申し訳ありません」
切れた息を整えながら、ミレイが言う。文字通り、急いで駆けつけたのであった。つまり全力疾走だ。
小ぢんまりとした一軒家の前である。
自分が大魔王ペグドランを倒したこととされた。それが何故なのか。ようやく分かるのかもしれない。
(私には逃げた記憶しかないというのに)
それも聖女の力を借りての浄化や封印などではない。生物として再生出来なくなるまで致命傷を与え続けて、魔力を使い尽くさせたのだ。
絶対にしていない。圧倒的に大魔王よりも強くないと出来ないことだからだ。
しかし、世間ではしたことになっている。
「いや、ミレイ。こちらこそすまない。つい、気が急いてね」
ミレイの肩を撫でてフレックは告げる。
「私も知りたいっていう気持ちはありますから」
健気にミレイが背筋を伸ばして応じた。
「レフツ様なら確かに。本当に存命であるのなら、何かをご存知に違いありません」
期待を込めた眼差しでミレイが言うのだった。自分も含めて、2人とも覚えのない功績を喜ぶわけもない。ゲイルらも同様だ。
「彼は確かに殺されたはずだった。それが生きていたのなら、いや」
そんなことよりも生存をまず喜ぶべきだった。フレックは思い直す。
調査させておいた、レフツ・ブラウリーの居宅は間違いなくここのはずだ。
訪れる時間も行き違いを避けるため、あえて夜間を狙った。日中だと、自分やミレイの姿を見るや、どこへ行っても見つかって、どよめきや歓声が上がり、逃げられるかもしれない。人目があると騒ぎになってしまうのである。
「とにかく、彼に話を聞こう。ここが、彼の家だ」
元貴族とも思えないような簡素な造りの家だ。最初に見た時は絶句してしまった。
(仕事で留守ではないと良いのだが)
中からは人の気配がする。灯りもついていた。外出はしていないらしい。
意を決してフレックはノックした。
「レフツ・ブラウリーは在宅か?」
自らフレックは声を上げた。
一瞬、中が沈黙する。息を潜めているかのように。
「どちら様でしょうか」
中から聞き覚えのある声が応じた。
レフツ・ブラウリーのものだ。思ったときにはもう、フレックはもう一度、ドアを叩いていた。
「フレック・ロックスである!レフツ・ブラウリー、君に聞きたいことがある」
再度、沈黙。
ゆっくりとドアが開く。
ミレイが息を呑む。
中からあらわれたのは仏頂面のレフツ・ブラウリーである。
「こんなあばら家へ、まさかお越しになるとは」
礼儀も何もない。レフツ・ブラウリーがドアを開けたまま背を向ける。
「まったく、公爵令嬢が嫁いでくるは、皇子が来るは。どうなっているのやら」
小声で毒づいているのが聞こえた。
フレックは許可を得られたわけではないものの、開け放ったままのドアから中へと入る。後ろでミレイがドアを静かに閉めていた。
気遣いの出来る少女なのだ。
狭いがよく片付けられた家である。安心してフレックは靴を脱ぐ。
レフツが招いたのは居間らしき空間である。簡素な木製テーブルと4脚の椅子があった。
「して、なぜ皇太子殿下がこちらに?」
レフツ・ブラウリーが2脚の椅子を勧めながら尋ねてくる。
部屋にいるのはレフツ・ブラウリーだけではなかった。
「この女はっ」
思わずフレックは口に出していた。
小柄な黒髪の少女が隅にたたずんでいる。白いブラウスに紺色の膝丈スカート姿のサリア・サフランだ。左手首にしっかりと腕輪がついていることをフレックは視認する。
(鉄より硬いボブマン鋼製だからな。オルセン魔導卿でもないと外せない)
そして腕輪が健在である限り、サリアにはミレイを害することは出来ないのだ。それでも姿を目にするだけでも耐え難い。
「この女は退室させてくれ」
低い声でフレックは告げる。
元公爵令嬢という確たる身分を持ちながら、聖女ミレイを闇魔術で負傷させた悪女なのだ。
(無論、レフツには罪が無い。なんとか結婚を取り消してやるべきかもしれない)
罰として自分がレフツに嫁がせたことをフレックは思い出す。
結果、サリアではなくレフツに罰を与えたようなものではないか。
「私の妻ですから。何か私に話があるのなら、彼女も当然、同室する権利があります」
落ち着いてレフツ・ブラウリーが拒む。皇太子の自分にも毅然とした態度を崩さない。
(やはり、そうだ。レフツが思いの外、しっかりとした人物に思えてならない。デルンの奴は肉親だからか厳しく言っていただけだったのか)
フレックは首を横に振る。
「旦那様、皇太子殿下の言う事に逆らっては」
もう一人、黒髪の侍女がいた。震えながらレフツをたしなめている。
「いや、良い。確かに押しかけたのは私の方だ。家長であるレフツ・ブラウリーの言うことを受け入れよう」
サリアを睨みつけながらもフレックは耐えることとした。
可哀想にミレイが青ざめているのだが、耐えてもらうよりほかない。なお、レフツ本人の表情が動かない。ただ黙って自分の出方を窺っている。
「まず、レフツ・ブラウリー、君に理不尽で危険な任務を強いたことを謝罪させてほしい」
フレックは何よりもまず頭を下げた。
自分の言葉にミレイが息を呑む。サリアの方からも聞こえてきた。
「あの、フレック殿下が、謝罪をなさるなんて」
サリアが呟いている。
(処断してやろうか)
腹が煮えるもフレックは抑える。
レフツにしてみれば、自分が巻き込んだ結果、大魔王とまで魔術の使えない身の斥候兵でありながら、遭遇する羽目となったのだ。
当然の謝罪である。
そして次にフレックは本題を切り出すのであった。




