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属性無しの怪獣  作者: 黒笠


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8 新しい生活

 レフツ・ブラウリーと結婚して10日が過ぎた。サリアはあらゆる家事に拙い我が身を嘆く。怒られても仕方がないくらい、何もできていない。

 一方、夫であるレフツもここ数日、忙しくしていて会える時間が1日の内でも短くなっていた。帰ってくるのも夜遅くなってからである。

「お帰りなさい」

 それでもサリアは、今日も遅くまで夫の帰りを玄関で待っていた。すっかり日は暮れている。周りも勤め人の一軒家ばかりなのだが、既に真っ暗な家も見えた。寝ているのだ。

「ただいま」

 レフツが自分を見るなり、柔らかな笑みを浮かべてくれる。

「寝ていてくれて良かったのに。残業でね。最近、グンキョの街でも人買いが出ている。物騒なもんさ」

 すまなそうにレフツが言う。

(人買いの対応まで、地方では軍隊がしなくちゃいけないのね)

 サリアは思うのだった。荷物を受け取ろうとしても固辞される。自分は何ならば夫にしてあげられるのだろうか。

 ただひたすら気遣って優しく接してくれる夫に対し、王太子フレックと婚約していた時期にはまるで抱かなかった、温かな気持ちをサリアは抱き始めていた。

「そんな。私はただ、待ちたくて待っていただけですから」

 サリアは照れ臭くなって俯く。

「そんなに気を使わなくていい。ただでさえ、不便をかけているんだから」

 レフツが靴を脱ぎ玄関から上がる。

 小ぢんまりとした一軒家だ。かつて暮らしていた公爵邸とは比べるべくもない。

(それでも、こっちの方がいい)

 漠然とサリアは思う。実家では皇妃教育に学問ばかりだった。本当は闇魔術を突き詰めるほうが、自分にとってはしたいことだったのだが。

 闇魔術を嫌うフレック皇太子の意向もあって、あまり時間を割かせてはもらえなかった。

「奥様はずっとお休みにならず、お帰りをお待ちでした。慣れない家事も1日中頑張っておられて、本当に健気で」

 自分の背後から侍女のミレディが口を出してきた。

 黒髪ですらりと背が高い。今年で20歳になるという。

 レフツの雇った人材ではない。自分を追いかけてやってきた、サフラン公爵家に使えていた侍女だ。幼い頃からの自分付きであり、年が近く、髪色も同じなので不思議と仲が良かった。

(でも、まさか、サフラン公爵家のお勤めをやめてしまうなんて)

 サリアは胸を痛めていた。サフラン公爵家にいた頃には気の置けない話もした仲だ。目の前にいてくれることは素直に嬉しい。

「ミレディさんだったか。俺としては、貴女がここにいてくれるというだけでも、そもそも心苦しくて、申し訳なくてしょうがない」

 レフツも同じ思いなのか頭を下げている。ミレディに会う度、連日のことだ。

 わざわざサフラン公爵家の職を辞して来てくれたのである。残念ながらレフツの給料では、生活費のほかにミレディへの給金を支払えないらしい。

「私がお嬢様をお慕いして、一方的に押しかけているのです。蓄えもありますから、心配はご無用です」

 ミレディがツンと横を向く。しつこいぐらいの謝罪にうんざりしている様子だ。

「ねぇミレディ。私はもうレフツ様の妻で『奥様』なのよ」

 落ち着いてサリアは訂正する。本音として、レフツにあまりキツく当たってほしくないのであった。

「あ、申し訳ありません」

 すぐに気付いてミレディも謝罪する。頭では分かっていたのだろう。先程はきちんと『奥様』と言っていたのだから。

 レフツに頭を下げられたことで、少なからず調子が狂ったのだ。

(まさか私だって、こんな方と結婚するなんて思わなかった)

 元貴族令息でありながら、魔術の属性と素養が無いとのことで、廃嫡・勘当されている。珍しい自由で追放されたので、有名人ではあった。

(この国は魔術属性をとても重視するから)

 人柄まではサリアも知らなかった。ひねくれてもおかしくない境遇だと思う。

(なんとなく横柄な問題児だと思ってた)

 いざ接してみると、落ち着いた常識人という印象だ。聖女ミレイを傷つけた件にも、中立を保ったまま迂闊には踏み込んでこない。自分の人柄から見ようという感じがして、フレックよりも接していて心地よいぐらいだ。

(フレック殿下に婚約破棄されて、そこは良かったぐらいかもしれない)

 属性至上主義的なところのあるフレックにとって、闇魔術の自分は汚らわしかったらしい。

 それに対して、レフツの方は押し付けられたというのに嫌な顔をまるでしない。言動も自分への配慮に溢れていた。

「サリア嬢はところで。俺がいない間はどう過ごしているんだ?」

 軍服から部屋着に着替えつつ、部屋の中からレフツが尋ねてくる。姿も顔も見えない。

(不貞を疑われているのかしら)

 少し考えてから、サリアは不安になった。当然、していないのだが。

 どう答えていいか分からず、言葉にも詰まってしまう。

「いや、すまない。訊き方が良くなかった」

 苦笑いのレフツが中から出てきた。

「急に学業も身分も失い、環境も変わったから、その、簡単に言うと退屈していないかと。それを心配したんだ」

 やはり気遣ってくれただけだった。

 さらに『時間を持て余すといろいろ苦にして悩むものだからね』などとレフツが言葉を並べている。

(私の馬鹿)

 左手の腕輪に触れつつサリアは思う。自分の力を封じている、忌々しい腕輪だ。破談されて過敏になっているのかもしれない。

「奥様は忙しくて、退屈に感じる暇もないですよ。私の掃除や家事を手伝ってくださって、急にこんなことになったのに。長年、旦那様も手の回らなかったような、汚れた場所もありましたし?」

 ミレディがレフツを口撃し始めた。

「むしろ、私がすべきことなのよ。それも一人で自力で。軍人の妻となったんだから、ご不在の間、家を守るのは当然だわ」

 サリアは流石にミレディをたしなめて止める。

「いや、地方軍の斥候なんて、家を守ってもらうほどのもんでは」

 レフツがかえって気まずそうだ。

「何を仰るんです、サリア様の旦那様となられたからには、相応の身分になってくたさいまし」

 ミレディがとんでもない要求をしている。サリアのために出世しろというのだ。

「俺からして、属性無しで平民になった身だよ。この国じゃ出世出来るわけがない」

 レフツが肩を竦めて返す。

 間違えではない。ロックス帝国では魔術を使えるかどうかが身分に大きく関わってくるのだから。

「そうですわね。でも、それを言うなら、奥様はご実家では闇魔術の造詣が深くて、専門家並みの知識を誇っておられました。休みの時などはしょっちゅう机に向かわれていて」

 ミレディが勝手に自分の趣味と楽しみを明かし始めた。

「ミレディ、魔術書は高価なのよ、簡単に買えるものではないわ」

 サリアは侍女をたしなめる。

「分かった。魔術書の高価さは、まぁ、なんとかするさ。頑張って働くとするよ」

 それでもレフツが優しく笑って宣言してくれるのであった。





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