10 身に覚えのない功績2
フレックは一旦、謝罪のために下げた頭をまた戻す。
対面に座るレフツ・ブラウリーが口を開いた。
「正規の軍令でしたから、問題等まったくありません。不満なども当然、抱くわけもありません」
表情1つ変えずにレフツが正論を言い放つ。
やはり真っ当な軍人なのだ。フレックは痛感する。
「君は完璧に仕事をやりきった。最速で無駄なく、私たちを目的に導いてくれたのだから。素晴らしい手際だったと思う」
フレックはレフツの仕事振りを称賛する。
今にして思えば不必要な戦闘を完封して、学生の自分たちを境界にまで導いたのだから、神業だ。
強い弱いとは違う能力を、レフツが持っているのかもしれない。
「その上で訊きたい。私は大魔王ペグドランを討ったとされているが、まったく見に覚えがない。一体、あの時、何があったんだ?私は逃げたはずなんだ」
そもそもレフツも死んだはずではないのか。
質問をフレックは呑み込む。
ガタリと大きな音がした。
「お嬢様っ」
サリアがよろめいてしゃがみ込み、侍女に抱かれている。
(まったく、話の邪魔だ。でていけ)
内心でフレックは罵倒する。
「そんな、危険な場所に?殿下はレフツ様に強要を?私と結婚したからですか?」
掠れ声でサリアが言う。
誰に向けているのか。さっぱり分からないのでフレックは無視した。
(そうか。彼は)
フレックは初めて表情を変えたレフツを見る。
どうやら心配をさせまいと、サリアに任務の件を黙っていたようだ。つくづくサリアにはもったいない常識人だ。
(しかし、何も知らず、妻の顔をしていたとは。なんと図々しいやつだ)
フレックは軽蔑を新たにするのだった。
だが、サリアを見つめるレフツの眼差しが優しい。申し訳なさそうですらあった。
「やはり、退室させては?」
フレックはレフツに告げる。
「このままワケもわからず就寝は出来ないでしょう」
レフツが向き直ってから首を横に振る。
「また、お褒めに授かり光栄ですが、起こったことは既に全て、ありのままを報告済みです。私は殿下が大魔王ペグドランを討ち倒すのを、隠れて眺めていただけです。賞賛になど、まるで当たりません」
レフツが信じられないことを言う。
「レフツ様は踏み潰されて、魔剣を突き立てられていたのに」
ミレイが思わず、という様子で零す。
「そんなっ」
一層、サリアが青褪めて胸を押さえていた。
「そんなことは起きていないから大丈夫だよ。殿下と聖女様の誤認です。失礼ながら余りに強大な相手を前にして。或いは何か幻影を見せられたのかもしれませんね」
サリアにはとても優しくレフツが告げる。
「それが裏目に出たのかもしれません。殿下が急に大火力で大魔王を圧倒し出したのですから」
更にレフツが加えた。
「私はそんなことはしていないっ」
フレックは断言した。思わず大声が出たほどだ。
「あまりに激しい戦闘で記憶が飛ばれたのでしょう」
同情のまなざしだった。
初めて、レフツから気遣うような態度を取られたと感じる。フレックはたじろぐ。
「殿下は何度も魔王を圧倒し、肉体を損壊させておられました。致命傷も一方的に何度も。ご記憶にないならもったいない。威張り腐っていたのが、見苦しいほどの怖気顔でしたから」
淡々とレフツが言葉を紡ぐ。
事実なのだろうか。頼みのレフツですら、すでに何度も聞かされていた通りのことを言う。
(そもそも、死んでいたはずの人間が生きている。私は、私の記憶を信じてもいいのか?)
とうとうフレックは自分の認識すらも信用できなく思えてならなくなった。
「そうなのか」
辛うじてフレックは言葉を絞り出す。
「もし、あれが無意識の魔力や能力だと仰るならば、それこそもったいない。安定して発揮出来るようになれば、大いなる国益となるでしょう。こんな、元貴族でありながら、魔術を使えぬ落伍者の身ではありますが。殿下は嬉しくないでしょうが、私は尊敬を新たにしました」
言葉とは裏腹に表情からはまるで敬意を感じないのだが。
(彼はもう、こういう顔と態度の人間なのだろう)
フレックはそう思うことにした。
「分かった。そうだな。無い記憶を無理やり埋めるより前向きに行動すべきだろうな」
フレックは頷いた。そして話すうちに生じてきた気持ちがある。
「して、レフツ・ブラウリー。今回の魔王討伐には、君の働きも大きい。君のおかげで発見できたわけだし、戦いの経過を逃走せず、しっかりと見届けてくれたのだから」
フレックはレフツの功績を称える。
「だから、どうだろう?私のできる範囲で、何か報いられないだろうか」
心の底から感謝を込めてフレックは申し出た。
なぜかサリアをレフツが一瞥する。
「では恐れながら」
レフツが姿勢を正す。
おそらくはサリアとの離婚だろう。フレックは察した。
(確かにこんな悪妻は捨てたほうがいいさ。なに、もっと良い良縁を私が探してやろう)
フレックは早速、まともな夫に捨てられるであろうサリアを内心で嘲る。
「妻の魔封じの処分を、解除していただけませんか?殿下との破談に勘当処分だけでも、十分ではありませんか?大いなる罰です。故にせめて魔封じだけでも。魔力も希少な属性も妻にはあるのですから。思う様、魔術だけは追究させてやりたいのです」
さらに深々とレフツが頭を下げる。思えば今回の会談では頭を下げられたのは初めてだ。
(つくづく)
サリアにはもったいないまともな男をあてがってしまったのだ。
フレックの中ではただレフツの評価が上がっただけである。
「ならん」
それでもフレックは断腸の思いで拒んだ。他は良い。サリアが得をするのだけはだめである。
「サリアの刑罰は聖女ミレイを傷つけたことによるものだ。危険人物なのだから、武力など取り戻させてやるわけにはいかない」
フレックははっきりと言い切る。
どうやら結婚した以上は徹底的に面倒を見てやるつもりらしい。
「そうですか」
初めてレフツが落胆を見せた。
「代わりと言ってはなんだが、あの魔封じの腕輪はとても高価なものだ。腕輪自身も、あの国家最大戦力のオルセン魔導卿自ら作ったものでね。それと同じ金貨を君に送る。私にできるのはそれぐらいだ」
フレックは提案した。暮らしぶりを見るに悪い話ではないと思う。
(我儘なサリア・サフランのことだ。金はかかるだろう?或いはこの金で離縁して新しい良妻を迎えればいいさ)
フレックはサリアを睨みつけてやった。
生意気にもまだ心配したフリで、床に座り込んで荒い息を整えようとしている。
(お前の金ではないからな)
そもそも手柄のあったレフツではなく、なぜ罪人のサリアだけが得をするような話になりかけたのか。
「私のような者の働きに報いて頂けるだけでも、有り難いことです」
神妙な顔でレフツが頭を下げる。
(そうだ。私は大魔王を倒せたのだろう。確かにその通りなら、私は腕を磨いてより一層、国のために働くべきだ)
そしてフレックは決意を新たにするのであった。




