11 結婚してからの好意、そしていわれなき悪意1
グンキョの街は物資が豊かで賑わっている。サリアは買い物で歩くたびにいつも思うのだった。フレックが訪れてきた3日後である。
「南のフィールド王国との貿易で、いろんな品物が流れてきますから」
侍女のミレディが説明してくれた。
それはサリアも教育を受けてきたのだから分かっている。
「市場を見るだけでも楽しいですよね」
ウキウキとミレディが更に加えた。
「そうね」
相槌を打つにサリアは留める。
自分の気持ちは沈む一方だ。
(私のせいでレフツ様は危険な任務を、殿下に嫌がらせで押し付けられて)
聞かされた時には、生まれて初めて息が止まった。
(それなのに、私に気を使って、黙っていて普通に暮らされていたなんて)
何日か早速、家を空けた時があった。ただの出張だと思い、そして単身の不安を嘆いていた自分が情けない。
「奥様、こちらです。あそこが書店ですよ」
ミレディが指差す方には小ぢんまりとした店舗があった。
2人で書店を目指す。人混みが多いものの、なんとか進んでいく。
時折、刺すような視線を感じるのだが、見るからに闇魔術を思わせる黒髪黒眼のせいかもしれない。
棚いっぱいに書籍の並ぶ店先。
「いっぱい、魔導書が買えますね」
ニコニコと笑ってミレディが言う。
(レフツ様は、私の魔封じの解除まで打診してくれた)
思い出すにつけて、サリアは胸がいっぱいになる。
なぜかは分からない。まだ数日だが気遣ってもらってばかりだ。
「良かったですね。素敵な旦那様で。ご身分がもっと高ければ、言う事なかったんですけど」
ミレディが軽口を叩く。さすがにレフツに失礼だ。
身分が高くとも、誰よりも高くとも一欠片の気持ちも向けてくれなかった相手との婚約は不幸せだった。
「そんなことないわ。私には、ほんとうに」
どうなのだろうか。まだ適切な言葉が見つからない。
サリアは言葉に詰まる。
残念ながら魔封じの解除は却下された。しかし、多額の報奨金を提示され、昨日、ほんとうに袋いっぱいの金貨が届いたのである。ただ、『くれぐれもサリアの浪費には使わないように』との嫌味な添え書き付きだったが。
「お嬢様が好きな殿方と出会えたのなら、私も嬉しいですよ?」
ニヤニヤと笑ってミレディが言うのだった。
上機嫌なのは、お金の心配がなくなったからだろう。
(でも)
殆どをレフツが、ミレディの生涯給金に当てると宣言していた。家計の足しにしてくれるようだが、ほぼミレディの金と決まったようなものだ。
それとは別に、一部をサリアの書籍代にするとも言ってくれた。何度も固辞したが聞き入れてもらえない。
(それじゃあ、レフツ様は自分の事に使えないじゃないですか)
サリアはため息をつく。ウキウキしてしまうのに、ウキウキしきれない。
(ミレディのことも。私が過ごしやすいように、寂しくないようにって雇い続ける判断をしてくれて)
どこまでも自分の事を考えてくれている。
理由は1つ、自分がレフツにとって妻だからだ。対する自分は何を夫のレフツにできるのだろうか。
サリアはため息をつく。
町には活気があふれている。
「本当に賑やかですねぇ」
店内からミレディが外を見やって告げる。
「魔王が倒されたからかしらね」
サリアは相槌を打つ。
皇太子であるフレックを『勇者』と、その婚約者であるミレイを『大聖女』と称える声が大きい。
自分の夫であるレフツも案内役として連れて行かれたのだが。あてつけで危険な目に遭わせようとしたことには腹が立つ。
(でも、歴史的な偉業を成し遂げたということでもあって)
自分を婚約した直後の偉業だ。世間からは自分との破談が大正解だと言われている。何も関係ないはずなのに。
(魔王だなんて、万の軍勢でも倒せるかどうかなのに。それをあの殿下が一人で、なんてね)
サリアはかつて婚約していた頃のフレックを思い出す。炎魔術の非凡な使い手ではあったが、自分よりも弱かった。
(殿下には秘めた底力があった、と。そういう話だけど)
レフツが新聞を取っている。
魔王との初めての遭遇であり、もし倒せていなかったなら、人類の存亡を賭けた大戦となっていた。
倒しても倒しても再生・復活する上、想像を絶する攻撃力を持つであろう魔王を、あのフレックがどうやって倒したのだろうか。
「奥様、大丈夫ですか?」
考え込んでいると、心配そうにミレディが顔を覗き込んでいた。
「ううん、何でもないの」
サリアは首を横に振る。
「お金のことなら心配なさらずに、欲しい書籍をどんどん買ってください」
まるで子供にいうようなことをミレディが言う。
「そんなに、持てないぐらいは買えないわ」
サリアはつい微笑んでしまう。
本当のところ、普通の書店には魔導書と言っても入門書ぐらいしかない。
(帝都の魔術商人のところとか、魔導書の専門商人のところじゃなくちゃ、ね)
地方都市のグンキョでは品揃えかあまり良くないのである。
もともと魔王城に近く、魔人との『境界』に近いグンキョは前線都市としての機能が強い。ベンドルムの森南方には砦が点在している。
軍人やその家族が多いので、あまり学術書や嗜好品よりも食料品を衣類の流通が盛んなのであった。
そして、南方にはフィールズ王国との国境もあるからか、移民の多い土地でもある。
「とりあえず、基本的なものを買って、それを読み直して。あとは取り寄せとかでどれぐらい出来るのか。そこからよね」
サリアは肩を竦めて店内へ入る。
ただでさえ希少な闇魔術についての資料など、案の定、ほとんどない。
(そうよね)
サリアはまして、今や使えなくなってしまった我が身を思うにつけて、かえって悲しくなってしまう。
(自分でも使えれば。まだ、自分の力を使うことで研究出来たのに)
左腕の灰色の鉄輪を悲しく眺めるしかなかった。
「すいません」
サリアは奥の店主に声を掛ける。
あとは取り寄せなどで読みたい書籍が手に入るかもしれない。
「なんだい」
面倒くさそうに太った中年の男性店主が応じる。
サリアを見るや目を見張った。
「あんた、最近、新聞の」
いかにも剣呑な眼差しを向けられた。
自分は新聞では『大聖女』を傷つけ『勇者』の怒りを買った悪女とされている。
「し、失礼しました」
サリアは慌てて店を出る。
「お嬢様っ?」
思わず驚いて昔の呼び方をするミレディもついてくる。
嫌な予感がした。
自分を悪女サリアだと断ずるや逃げる自分と同じく、店主も奥に走らなかったか。
(人を呼んだ?まさか、何のために?でも)
魔王を討滅した勇者フレックの功績に沸く人々を見て、サリアは背筋に寒気を覚えた。
誰だって魔族との戦争など無いほうが良いに決まっている。フレックの功績への感謝はサリアにもとても理解出来るのだが。
「ごめんなさい、ミレディ、ちょっと気にかかって」
大通りに出る。
自分の黒髪と黒目はどこにいても目立つ。見られている気がした。
それもそのはずだ。新聞に『勇者』の怨敵とまで書かれていたのだから。
サリアは自身に向けられる、人々からの視線を甘く見すぎていたのだ。
(ただの、気にし過ぎたと良いのだけれど)
サリアは家に帰ろうと思い立ち、往来の中を歩き始めるのであった。




