12 結婚してからの好意、そしていわれなき悪意2
せっかく気晴らしに出たというのに、サリアは一目散に家を目指す気になってしまった。
往来の中、人を縫って急ごうとするのだが。
「おい、あれ、本屋さんの言ってたやつだろ」
若い男の声が背後からする。
「言われた通りだな。黒髪黒眼のチビ」
別の声が応じている。
「ミレディ」
小声でサリアは隣のミレディに囁く。
「どうしました?お嬢様、こんなに早くご帰宅しようだなんて、まだ何も」
至って普通の侍女であるミレディだ。害意など想像もできないらしい。
まだ急な帰宅に戸惑っている。
「お願い。あなたは私から今すぐ離れて、旦那様に報せて」
詳しく、どう言えばいいのかは分からない。
ミレディをいち早く離脱させてレフツに異変を報せる。それで自分が助かるかも分からない。
「あいつが、大聖女様を傷つけたって女だろ。勇者フレック皇太子殿下の敵だ」
声が近づいてきていた。
(しかもまた別の声)
サリアは背中に嫌な汗をかく。
「攫って売っちまおうぜ」
剣呑な単語も聞こえてくる。
「絶対に旦那様とすぐに戻ります、どうかご無事で」
ミレディが青褪めて離れた。もともと公爵家の侍女なのだ。立ち向かう力が無いならどうすべきなのか。よく分かっている。
一緒に攫われてしまえば、誰もサリアを助けに来てはくれないのだ、と。
ミレディと離れてもなお、家の方を目指す。杞憂であれば良い。無事に帰宅できるだけのこと。
(うっ)
しかし、しばらく歩くとぶつかられた。
頑丈な体の男性だ。横も縦も自分より遥かに大きい。
行く手を塞がれた。
やむを得ずサリアは進路を変える。しかし、しばらくしてまたぶつかられた。
次第に人気のない方へと誘導されているのだ。分かっていても抗う術はない。魔術を封じられているのだから。
「ここまで来りゃあ良いだろう」
いつの間にか自分は裏路地の隅に追い詰められていた。助けなど呼びようもない。
「お前みたいな、悪女が呑気にしていられるほど、この街は甘くないんだよっ」
いきなり怒鳴りつけられた。
相手は5人もの若い男たちだ。体格も良い。軍人か肉体労働者なのか。いずれにせよ、生身のサリアではどうにもならない。
「なんでしょうか、なんで私を囲んで怒鳴りつけるんですか?」
サリアは当然の疑問を口にする。
フレックのせいだ。フレックに厭われた自分だから、フレックの偉業に伴い、理不尽な目に遭わされているのだと。
分かっていても問わずにはいられない。
「悪女の上に愚かなのか」
中心にいる男がせせら笑う。
「勇者フレック様とその恋人の敵を、このグンキョの街が受け入れたと思われてはたまらないからな」
では殺すのだろうか。
サリアは口に出すこともできない。それこそ刺激して本当に殺されたくはない。
「私はこの街では何の罪も犯していません。理不尽です」
サリアは異を唱えようとする。
「うるせぇっ」
肩を小突かれて、壁にぶつけられた。
「きゃぁっ」
背中を強打してサリアは悲鳴を上げる。痛みで涙ぐんでしまう。
「皇都では罪を犯したと自白したな」
別の声が嘲笑う。
全員、自分より屈強で長身なのだ。最早、顔の判別もできない。
サリアは尻餅をつかされている。
「どうするつもりだ?って訊いたよな」
男たちの誰かが言う。
「一応、ここの軍人の誰かと結婚して、まともに暮らせているらしいが、それすら許さねぇ。旦那に隠して攫って、どっかに売ってやるよ」
一般軍人であるレフツ・ブラウリーが結婚相手だとは知らないらしい。
サリアも名前を出すつもりにはなれなかった。巻き込みたくないのである。
「そんな、それだけは」
サリアは声を上げる。売られることよりも、売られればレフツと会えない。それが苦しく感じられた。
「はははっ、そうだな。この街まで勇者様や大聖女様の敵だと思われちゃたまんねぇ。閉じ込めて人買いに売ってやろう」
別の声も大喜びだ。
魔術が使えれば。サリアは唇を噛み締める。こんな男たちなど息1つする間に始末してみせるのだが。
「使われてない、でかい屋敷があったな。あそこなら誰も近寄らないし、元の持ち主の趣味かな。座敷牢まであったぜ」
本当にどんな目に遭わされるのだろうか。
「そこに閉じ込めておけばいいな。だが、それにしても」
サリアは背中を踏みつけられた。
「貴族だったくせに。皇太子殿下の婚約者だったっていうのに、貧相な身体をしやがって」
罵り声が、侮辱となって降り注ぐ。
「色気のねぇ、子供みたいだな」
別の声も嘲笑う。
「ま、好事家には高く売れるんじゃねぇか?」
下卑たやりとりの話題に自分がされている。
サリアはそれでもただ耐えた。
(旦那様、レフツ様)
ミレディがレフツに知らせてくれる。
レフツだけはきっと味方のはずだ。ずっと優しくしてくれたのだから。
「おらっ!立てよっ!」
腰を蹴られた。
よろよろとサリアは立ち上がる。
「愚図愚図すんなっ、とっとと歩けっ!」
さらには背中を後ろから小突かれる。当然、非力な自分などよろけてしまう。
「運んでもらえると思うなよ。自分で歩け」
ケラケラと嘲笑う。
「あとな、助けてもらえるとも思うなよ」
さらに説明が足された。
「俺たちは目撃されてるぞ?街の連中もお前には気付いてる。それなのに、誰もお前を助けようとなんかしねぇ」
囲われていて気づかなかったが、通行人はいたのだ。
サリアは衝撃を覚える。
「お前がサリア・サフランって悪女で、皇太子様に仇なす国賊だって、みぃんな、知ってるんだよ」
耳元で荒い息を吹き付けながら、残酷な真実を男が知らしめてくる。
「普通のやつにこんなことしてりゃ、そりゃすぐに通報される。お前だからだ」
生暖かい息がサリアの耳朶を打つ。
「いや、俺らだって、ちゃんとしたやつにこんな酷いことはしねぇよ」
歩きながら、侮蔑の言葉を、絶望させる悪意でもって投げつけられる。
自分は真っ当な市民ではないのだ。
勇者フレックと大聖女ミレイの敵であり、国賊なのである。だから罵られ人買いに売られようとしているのだ。攫われることすら正当化される。
「私だって」
サリアは耐えられなくなって口を開く。
「うるせぇっ」
今度は平手で頬を張られた。
「ああっ」
よろけてサリアは膝をつく。
「喋ってんじゃねぇよ。お前に発言権はねぇんだよ」
さりに蹴られた。
「とっとと歩けよ、日が暮れる」
誰も味方などいない空間だ。
西方都市グンキョに来て良かったと思っていた。
(それは違う。間違ってた)
サリアは痛感する。
(レフツ様と一緒だったから。優しくされていたから幸せだったのね)
しかし、自分の行動に何の非があったのだろうか。
レフツですら外出するなとは言っていない。こんなひどいことになるとは思っていなかったのではないか。
(だって、それはそうよ)
よろよろとまた立ち上がりながらサリアは思う。
(なんで、こんな酷いことを、何もしていない私にするの)
自分は何もしていない。
時折、確かにすれ違う人がいる。中には温厚そうな老婆もいるのに。まったく見咎めず自分を見るなり、納得するような表情を浮かべた。
(なんで)
重ねてサリアは思い、そのまま町外れの廃屋敷にまで引っ立てられるのであった。




