13 追跡〜凶報を受けて1
軍営にミレディが駆け込んできた。いつになく息を切らせている。髪も服もだいぶ汚れていた。いつものキリッとした姿からは想像もつかない。
「どうしたんだい?」
ちょうど小隊長の執務室でレフツは話をしていたところだった。
「お嬢様が、サリア様が拐かされましたっ」
床に座り込みながらミレディが叫ぶ。
「なんだって」
さすがに仰天してレフツは立ち上がる。
「小隊長っ、俺は妻を助けて来ます」
レフツは駆け出そうとする。ミレディを抱き上げてでも現場に急ぐのだ。
(くそっ、まさか)
女性二人で外出するのが、グンキョで危険だとは思わなかった。
(だが、あの皇太子に断罪されていたんだ。これぐらいは想像すべきだった)
民衆にもサリアの悪い噂が染み入っていたのだろう。
そこまではレフツにも分からなかった。
(今頃、どんな目に遭わされているか。怪我はないだろうか。いや、本当に最悪の場合は)
怖い思いは最低限しているはずだ。更には悪い想像が次から次へと浮かぶ。
ミレディも真っ青な顔のままだ。同じくここに来るまで、自分も何かされやしないかと不安だったのではないか。
「あー、ブラウリー、いや、まぁ、待て」
小隊長が気不味そうに言う。
制止してきた。落ち着けと言うのだろうか。
レフツは振り向いて言葉を待つ。
「別に助けることもあるまい。その娘は、英雄の、この度の勇者であるフレック皇太子殿下のご不興を買った娘なんだろう?せっかく、殿下から特別な昇進の話も出たというのに」
小隊長から出てきたのは、現役の軍人とは思えない発言だ。
サリアも平民に落とされたとはいえ、守るべき国民の一人である。
(まして、あんな可愛らしい、少女の身で)
人買いに流されたとしてもおかしくはない、器量良しである。
「誘拐されたのは、俺の妻ですよ?自分の妻です」
レフツは立ち上がったまま言う。
なんならすぐにでも誘拐犯殲滅のため、軍に招集をかけるべきだ。
「昇進と妻の身の安全と。比べるべくもありません」
更にレフツは宣言した。
今頃、サリアがどれだけ心細い思いをしているか。危険に晒されているか。
まだ17歳の少女なのだ。
「罰として、押し付けられた妻だろう。しかも今や国の敵だ」
即座に小隊長が言い返してきた。
凡庸な、どこにでもいる軍人だ。
(つまり、この人が標準で、大概の軍人が今、同じように考える)
ようやくレフツは理解した。
話にならないし、誰も頼りには出来ない。
(舐めるなよ。だったら自分で救うまでだ)
レフツは心に決めた。
「それは皇太子殿下の都合であり、我々夫婦の問題ではありません」
レフツは断言して背を向けた。
「ミレディ、とりあえず俺を、妻と別れた場所まで案内しなさい」
手を取って優しくミレディを立たせた。
「待て、レフツ」
小隊長の制止など、もう無視である。
更に何事かをゴチャゴチャと言っているが耳にも入れない。
聞く価値のない戯言だ。
2人で軍営を後にする。
「申し訳ありません、旦那様、私がついていながら、お嬢様を」
ミレディが涙ながらに言う。
結局、この忠義な侍女の中では、サリアはいつまでもお嬢様なのかもしれない。
そんなことをレフツは思う。
「俺の手落ちだ。こうなると分かっていれば、もっといろいろ注意をしていた。婦女子に手出しするような下衆が、こんな当たり前みたいにいる街だったとは思わなかったな」
レフツは吐き捨てる。自分も情けないが、この街も大概だ。
2人で歩いているのは大通りだ。窮地に陥った女性二人を、誰も助けようとはしなかったのだろうか。誘拐劇は人目についたはずだ。
まだ時刻も夕刻である。攫われたのは白昼堂々と行われたということでもあった。
「ここです」
そして繁華街、市場近くの書店でミレディが告げる。
(こんなところで?)
もう一度、改めてレフツは驚く。
人通りも少なくない。現にすれ違う人がひっきりなしに自分とミレディを一瞥する。
街ぐるみとまでは言わないが、悪女として知られるサリアを、誰も救おうともしなかったということだ。
「申し訳ありません。旦那様、私は」
ミレディが言葉に詰まる。
新聞などでサリアの顔は国中、広く知られていた。だからいわれなき悪意に晒されたのだ。
「むしろ逆だ」
レフツは短く告げる。
「え?」
ミレディが顔を上げた。まだ頬に涙の流れた線が見える。
「君は適切な救援を呼んだ。サリアもそれを頼んだんだから、自分を責めることではない」
レフツは言いながらサリアの立っていた場所を睨む。
ここまで来れば、もうミレディの案内は要らない。
「でも、ここから、どうすれば?お嬢様はどこに連れ去られたのでしょう。もし、無体を働かれてでもいれば」
ミレディが俯いて言葉を並べる。
自分の悪い想像とまったく一緒だった。
「そんな事をした奴がいれば、俺が消し飛ばす」
低い声でレフツは呟く。腹の底から気持ちが煮えた。許せるわけもない。自分の妻なのだから。
「え?レフツ様?」
らしくない発言にミレディが驚いている。
「大丈夫だ。必ずサリアは連れ帰るから、君は家に帰っていなさい。夕食の準備をしておくように。それまでには終わらせる」
レフツはつらつらと告げる。
本当に自分を怒らせればどうなるのか。誘拐犯たちは思い知ることとなる。
(この街だって。怒りを叩きつけてやりたいところだが)
もう何年も本気で腹を立てたことなどなかった。
(大聖女様は、こんな人々を守り抜くために、御身を捧げたのか?)
ふと、昔馴染みの顔をレフツは思い浮かべる。
幾つも浮かんでは消えた。死んだのは大聖女1人だけだ。
レフツは嫌悪感とともに首を横に振る。
「旦那様、私も一緒に」
気丈にもミレディが申し出る。
ふっとレフツは口元を緩めた。サリアも同様だが、接していて気持ちの良い人間もいないわけではない。
レフツは気を取り直すこととした。
「おそらくは2人とも空腹で帰宅することになる。だから夕飯を作っておいてくれ」
もう一度、レフツはミレディに帰宅を促す。笑って言ったつもりだが、なぜだかミレディが強張った顔でその場を後にする。
「これでいい」
ようやく自分の本分を果たすことが出来る。
レフツは頷くのであった。




