6 実地演習3
「はい」
素直にミレイが頷く。従順で可愛らしい。やはりぶっきらぼうだったサリアとはまるで違う。
「では、参りましょうか」
レフツの言葉とともに再び移動を開始した。頑張ってミレイも走る。思えば聖女としてのローブ姿で走っているのだった。
「殿下、おかしくありませんか?」
しばらく走るとゲイルが声をかけてきた。
心なしか、少し走る速さをレフツが抑えているように思える。ミレイも最初よりも余裕を持ってついてきているようだ。
(そのことかな?)
フレックは予期して、視線で先を促す。愚図愚図言っていないで走ろう、ということだ。
だが少し違うようで、ゲイルがまた口を開く。
「魔物とも獣ともまるで遭遇しません。順調に距離を稼げているようですが。まったく出会わないというのは異常ではありませんか?」
確かにゲイルの言う通りだ。騎士団長である父のゼグルズについて戦についてはよく学び、フレック同様、実戦経験も豊富である。
「ゲイル殿の言うとおりです」
ウェインも頷いていた。
王族や高位貴族の子弟であれば、同じ疑問に襲われることだろう。
(確かに普通、これだけの距離と時間、走っていれば敵に襲われそうなものだが)
フレックも不気味なものを感じていた。
確かに強敵との戦闘経験を積みたいという願望はあるのだが。
(通常ならばあり得ない。そして、いつもと違うのは)
フレックは先頭を走るレフツの背中を見て気付く。
既に3時間以上、走り続けている。
レフツの案内には、まったく迷いというものが無い。止まることは無く、時折、微調整のように方向を変えることがあった。
(方向を変えるときに敵を避けている?いや、まさかな)
フレックは首を横に振る。
いかにも意欲の無い態度に終始しているレフツ・ブラウリーだ。本人としては無駄な戦闘を1つも経ずに仕事を済ませたいのではないか。
(いや、やつは魔術を使えない、無属性の役立たずだ。敵を避ける術など持ち合わせているわけがないではないか)
せいぜい、敵の少ない道をたまたま知っていて、そこを選んでいるぐらいではないか。
フレックは自分の中で結論を出した。
「たまたまだと思う。西部軍が魔物駆除でもした直後なのではないかな」
フレックはゲイルに自らの考えを告げる。
「そうですね。私の考えすぎかもしれません」
ゲイルも頷く。
ミレイ以外の3名にとっては、雑談をしながらでも走ることが出来る速度なのである。
やがて木々の合間を抜けて、岩地に出た。
無機質に巨岩の並ぶ土地。
「ここが境界ですか?」
ミレイがブルッと身を震わせる。
「いえ、奥に黒い岩が並んでいるのが見えますか?あの辺りからが境界です。更に進めば魔族の領域ですな。数は少ないながら、魔人も徘徊しておりますので、大変危険です」
淡々とレフツが説明する。
言葉通り、灰色の普通の岩が並ぶ更に奥には、漆黒の光沢を放つ巨岩が列を成していた。
「魔人は殺せませんのでね」
肩を竦めてレフツが加えた。
魔人というのは、人の姿をした魔物だ。個体数は少ないながら、1体1体が強大な魔力を有している。強力な魔術を乱射してくるのはもちろんのこと、本当に厄介なのは魔力を生命力に変換できることだ。どれだけ致命傷を与えても再生される。殺すことはほぼ不可能であり、聖女の力で浄化、封印するしかないとされていた。
一回、殺すまでが難事業だというのに、それを繰り返すなど不可能に近い。
「そうなんですね。レフツ様は物知りなんですね」
ミレイが微笑んで言う。
(こんな表情を向けられるのなら、私が説明したかったな)
嫉妬心からフレックは悔しくなるのだった。
境界を形作る黒岩の列、その奥にそびえるのが魔王城だ。
かつて大聖女が命と引き換えに魔王を魔力ごと浄化したのだが、既に次代の魔王が生まれている可能性もある。
その魔王に対抗するためにはミレイの成長が急務なのであった。
「そんなことよりレフツ、敵はどこなんだ?ここには経験を、ミレイに積ませるために来たのだ」
フレックはレフツに尋ねる。
もしこの期に及んで、何らかの手段で敵を避けているなら本末転倒だ。
しかし、答えはなかった。
「しまったな」
言葉とともにレフツが飛来した何かに叩き潰された。
衝撃で地面が揺れる。土煙も上がっていた。
「なっ!」
フレックは咄嗟に剣を抜いていた。
「フッフッフッ、これはいい」
嘲笑とともに、ゾッとするような声が言う。
土煙の中から聞こえてくる。
「遠目にひよっこの人間どもが見えたから来てみれば、なんと、どうして、聖女ではないか」
漆黒の2本角が頭から生えた男が土煙の中から姿を現した。
人間のような見た目だが二周りは長身だ。肌も見えるところは漆黒である。肌と同色の漆黒のローブを身に纏い、手には凶々しい長剣を握っていた。額や腕には紫色の光を放つ紋様が入れ墨のように輝いている。
(ま、まさか)
足下にはレフツ・ブラウリーだった者がが踏みつけられていた。ピクリとも動かない。長剣を背中に突き立てられてもいる。
「ま、魔人だ」
震える声でウェインが言う。
「馬鹿な、こんなところで魔人と出会うなんて」
フレックは恐怖ですくみそうな自分を叱咤した。
たった数人の学生で立ち向かえる相手ではない。
(聖女のミレイもまだ余りに未熟だ)
フレックは腰を抜かしているミレイをちらりと一瞥した。
まだまだ魔人の魔力を浄化する実力はない。
「魔人だとお?不敬な。私は魔王ペグドラン。聖女が我が城から見えた故、自ら殺しに来たのだ。父のように消されてはたまらんからな」
憎々しげにミレイを睨みつけて魔王ペグドランが言う。額には確かに紫色の光を放つ、魔王紋が浮かんでいる。
さらに右腕を一振して瘴気を放出した。
「うわっ」
攻撃ですらない一撃で、フレックはゲイル、ウェインとともに弾き飛ばされてしまう。
「いかに高位の存在である我らと言えど、どこに天敵の聖女がいるか分からんのでは、迂闊に動けんからな」
心底、楽しそうに、嗜虐的な笑みを魔王ペグドランが浮かべている。
「いかんっ!何としても、逃れねば」
フレックは我に返って叫ぶ。
「くっくっ、気骨だけはあるなぁ。王族か?なお、良い。貴様らは育つと我ら並みの使い手となる。一匹減らしておけるなら」
魔剣の柄に手をかけたまま魔王ペグドランが言う。
「ゲイル、ウェイン」
フレックは仲間2人に声をかけた。
「目眩ましをやる。私の最大術でやつの目を眩ませるから、その隙にミレイを抱えて逃げてくれ」
いざとなれば自分が代わりに討たれる。
フレックは覚悟を決めていた。口の中では詠唱を始める。
「何かやる気か?面白い」
余裕たっぷりに魔王ペグドランが言う。
フレックら人間よりも圧倒的強者なのだ。全員が無事に逃れる術はない。そしてゲイルでもウェインでも時間稼ぎすら出来ないだろう。
「喰らえ、燃やし尽くせっ!ダブルフレイボムッ!」
両手からフレックは、特大の火球を生じさせる。
すぐに背を向けた。
ゲイルがミレイを抱えて木々の合間に逃げ込むのが見える。
少し遅れてウェインも別方向に駆け出していた。
「くははっ!なんと非力なっ!小賢しいっ」
魔王ペグドランが高笑いだ。
まるで効いていないのだろう。見なくとも分かる。分かりきっていた。
フレックはわざと遅れて別方向に駆け出す。
自分を追えばいい。おそらくは背後から、あの魔剣で一突きに刺し殺されるのだろう。
(それでも、なんとか、この国の皇族として、ミレイだけは)
フレックは我が身の生存を諦めていた。
「調子に乗るなよ」
最後に言葉1つを聞いて、フレックは森の中を一心不乱に駆け出すのであった。
いつもお世話になります。
こちらの作品もお読みくださっている方には大いなる感謝を。
自分なりに意表を突いているつもりですが。いかがでしょうか。
主人公がいきなり遠くから踏まれるという話でした。
まだ続きますのでご覧頂けますと幸いです。




