5 実地演習2
いよいよ出発という刻限が近づいてきた。フレック班の面子が集まってくる。今回の演習では4人一組だ。ミレイの他は男性生徒2人である。当然に貴族令息であった。
「殿下、彼よりも案内役に適任のものが、我が騎士団に幾らでもいますが」
紺色の髪をした剣士ゲイルが言う。侯爵家の嫡男であり、現役の騎士団長ゼグルズの息子だ。真面目で落ち着いた性格の男であり、雷魔術を得意とする。
「これはサリア・サフランへの罰の一環だ。犯した罪ゆえに、何の罪もない夫が我々にこき使われるのさ」
フレックは友人でもあり、未来の腹心にも説明をした。
「なるほど」
あっさりと納得してゲイルが頷く。ゲイルもまたミレイへのサリアによる加害行為を目撃している。また次代の大聖女への期待も自分と同様だ。
「それで、危地にも容赦なく連れて行くということですね」
もう一人の班員であるウェインが言う。こちらは宰相であるレインズ公爵の息子だ。淡い若草色の髪を持つ。
「殿下にしては、心ないことをなさると思いましたが。サリア嬢への罰なら私も納得です」
右目の隅がピクピクと動く。いつもは穏やかで心優しい文官よりの男だ。こちらは風魔術を得意とする。
この2人も実家で十分な戦闘訓練を積んでいた。並みの兵士よりも遥かに腕が立つ。
「我々は未来の国政を担う人間だ。当然、民への責任もこの力でもって果たすつもりだ。この演習とて当然、遊びではない。遠足の引率程度の認識は捨てるように」
改めて離れているレフツにもフレックは告げるのだった。
「かしこまりました」
従順にレフツが告げる。
実際、楽な仕事ではないはずだ。数日分の兵糧に寝袋や天幕などの一式を背負って移動するのだから。それもレフツの仕事だ。
「まったく、始める前から叱責されるとはな。ブラウリー家の恥め」
デルンがまたわざわざ近づいて来て告げる。
「だから、勘当しておいたんだろう?良かったじゃないか。大正解で」
デルン相手には気兼ねなくレフツも言い返すのだった。
さらに何事かを2人で言い合ってから、またデルンが離れていく。
「集合!」
学園の魔術講師でもあり、国の魔導卿でもあるオルセンが声を上げる。ロックス帝国最高の魔術師でもあり、大陸に9人しかいない、『九大戦色』という英傑の一人である。
(この先生から学べるということも大きい)
かねてからフレックは喜ばしく思っていた。
ロックス帝国では九大戦色に数えられるのは3人しかいない。先代魔王との大戦に参加してもいる。
「実地では何が起こるか分かりません。強力な魔物がいない経路を選定しましたが、気を抜かぬように。教師も巡回しますので、困ったなら声をかけるように」
オルセンが注意事項を並べ立てる。
一応の目的地は決められており、期限内にたどり着かねば課題を増やされることとなっていた。
一通りの注意をフレックは頭に入れる。
「それでは、訓練を開始してくださいっ!」
オルセンが高らかに声を上げる。
一斉に各班走り始めた。
「ではこちらへ」
レフツが皆の進むのとは別方向を示した。
あえて厳しい道を行くと告げた、フレックの意図を汲んでくれているらしい。
重たい荷物を背負っているが、かなりの早足だ。
フレックらもレフツに続く。
「さすがに現職の軍人ですね」
ウェインが並走してきてフレックに告げる。文官よりの男だが、幼い頃からフレックと共に身体を鍛えているから、この駆け足も苦ではないようだ。
「あの程度。我が騎士団であれば、あれぐらいの身体能力のものは幾らでも」
ゲイルが侮蔑しきった声で返す。
確かに精鋭揃いのロックス帝国騎士団であれば、そのとおりかもしれない。
(いや、騎士団員でもないのに、これほどとは)
密かにフレックは舌を巻いていた。先頭を走るレフツの背中を見て思う。
木々に遮られ、道なき道を進むことも厭わない。
迷うことなく立ち止まらずに進む。
「はあっ、はあっ」
ミレイが息切れを起こしていた。まだ1時間ほどしか経っていない。男爵家では、体力づくりを令嬢がする間も無かったのだろう。
「少し休みますか?」
レフツが立ち止まって尋ねる。
後ろに目でもついているのだろうか。
ミレイの疲労にも気づいたらしい。
「あぁ」
フレックは頷いて立ち止まる。疲れ切ったミレイが木に寄りかかって息を整えていた。
ゲイルとウェインも黙って立ち止まる。ミレイのことを心配そうに眺めていた。
男3人には余裕があるのだが、ミレイだけがどうしても体力的には大幅に劣ってしまう。
「今、どの辺りだ?」
地図を片手に離れた所で佇むレフツに、フレックは尋ねた。順路からは既に大幅に外れている。周りを見ても同じように見える木々だけが見える状態だ。
魔物との戦いはフレックも経験しているが、別にベンドルムの森の地勢に詳しいわけではない。
「ちょうどベンドルムの森の中心辺りでしょうか。他の皆様は、今頃、外周の、しかも街に近い側を巡っておられるのでしょうから」
肩を竦めてレフツが告げる。汗1つかいていない。
フレックの方など一瞥もせずに答えるのだった。
「森を抜ければ、岩地に出ます。境界の辺りですね。魔王城も見えますよ。天気が良ければですが。次代を担う皆様がご覧になっておくのは確かに良いかもしれませんね。お求めの強敵も出現しますよ」
半ば投げやりにレフツが言葉を並べる。
なんとなく最初に見た時から気に入らなかった。それこそサリアを断罪した時からだ。
ようやく原因にフレックは気づく。
(この男からはまるで私への敬意を感じない)
淡々と自分の役割に専従しつつ、王族である自分や友人の高位貴族の子弟にも、顔色1つ変えずに対応している。
もう少し恐れ入った、という顔をするものではないだろうか。
「強敵と対峙したい、というのには、ちゃんと理由がある」
硬い声でフレックは言わずにはいられなかった。
なんとかしてレフツを納得させたいという気持ちが抑えられない。
「そうですか」
しかし、興味なさげに相槌を打たれるだけだった。
「殿下、もう大丈夫です。すいません、私が足を引っ張ってしまって」
ミレイが話しかけてきた。
胸に手を当てて、それでも呼吸は落ち着いたらしい。
フレックはレフツへの追及を止める。
「いや、そんなことはない。短い時間だったが、かなりの速さで走っていたからね」
フレックはミレイを慰めにかかる。体力づくりばかりをしていられない、次代の大聖女としての勤めも忙しいのだから。
(君はよくやっているよ。学ぶべきものが急に増えた、そういう状態だろうに)
フレックの目から見てもミレイの努力は賞賛に値するものだった。
「そのとおり、ミレイ嬢も、ついてこられるだけ大したものですよ」
ゲイルも微笑んで告げる。友人たちもまたミレイの努力は目の当たりにしているのだ。咎めるわけもない。
「ご希望とあらば、少し速さを抑えましょうか?」
レフツが口を挟む。
「いや、今のままでいい」
それでもフレックは断言した。今後、魔王と戦うことすらあるかもしれない身だ。体力づくりもまた積めるときに積んでおいたほうがミレイにとっても良いだろう。
「ミレイも頑張ってくれ。いよいよとなれば、休憩は取るからね」
フレックはミレイには優しい言葉をついかけてしまうのだった。




