4 実戦演習1
演習の当日、ベンドルムの森入り口に集合した学生たちや随行の兵士たちがひしめいている。フレック皇太子はそんな中、淡々とした表情でやってきたレフツ・ブラウリーを意外な気持ちで見つけた。
(天気は良いのだが、彼の顔は随分険しいな)
演習にはちょうどいい、快晴である。領土で既に実戦を経験している貴族子弟にとっては遠足のようなものだ。笑顔で楽しげな雰囲気が主であるが。
「全く、あの恥知らずめ」
元・実弟だというデルン・ブラウリーが吐き捨てる。
有力貴族ブラウリー家の嫡男であり、フレックにレフツ・ブラウリーの存在を教えた人間だ。地属性魔術を得意とし、学業も優秀である。
(雇ったのはこちらの方だ)
口には出さないものの、内心でフレックは指摘する。兄弟間で廃嫡されたということもあり、確執があるらしい。
「雇われたんだから、しょうがないだろう。我慢しろよ」
元兄弟だったからか、負けじとレフツ・ブラウリーも言い返している。
「俺は別の班だから監視出来ないが、くれぐれも殿下に粗相をしないようにしろよ」
デルンがレフツを睨んで告げる。
「それぐらいは分かってる。心配御無用だよ」
レフツが手をひらひらと振って言う。
(魔術も使えないのに、この森を怖がらないなんてな)
フレックは今のところ、レフツの態度に感心していた。
実地慣れした兵士としての風格すら感じられる落ち着きぶりだ。
(いかんな。本当にまともな人間に、あのサリアを押し付けてしまったかもしれない)
密かにフレックは思う。
サリア・サフランを罰として嫁がせた相手だ。当初はデルン・ブラウリーからとんでもない人間だと聞かされていて、悪女の相手にちょうど良いと思ったのである。
(それが実はまともな人間だった、では罰にならない)
フレックはデルンと厳しい口調でやりとりし合うレフツを眺めていた。今回はほかにも各家の兵士も混ざっているため、軍服姿のレフツもあまり目立たない。
「殿下」
ふと下の方からミレイに呼びかけられた。
聖女との認定を受けたことで、白地に金の縁取りをなされたローブを身に纏う。華奢で可憐な美少女である。
どこか凶々しい闇魔術師だったサリアとはまるで違う。
「殿下の婚約者に相応しい能力が示せると良いんですが。私に出来るでしょうか」
ミレイが不安げに言葉を紡ぐ。
「大丈夫、そのための実地演習なんだから。気負わず、技術を磨くことだけに君は専念していればいいのさ」
優しく微笑んでフレックは応じる。
「お前も聖女様の健気さを見習え。そしてあの魔女に教えてやれよ」
デルンがレフツに憎まれ口を叩く。
「余計なお世話だ。あの娘はちゃんと可愛いぞ、今のところ」
レフツがすかさず言い返す。やはり困ったことに今のところ、思ったより上手くいっているらしい。
「惚気話を聞きたいんじゃねぇよ」
うんざりした顔でデルンが告げる。そして黙った。
「分かりました。頑張ります」
握り拳を作ってミレイが告げる。金髪碧眼、清らかな容姿がフレックの保護欲をそそるのだった。
サリアの頃には無かった感情だ。愛おしさすら覚える。
「期待しているよ」
フレックは端的に咎めるに留めた。
ロックス帝国では魔術師として民を守ることが、貴族として義務付けられている。だから学生のうちから戦闘演習が何度か行われているのだった。
(なんと言っても次代の大聖女となるかもしれない、君なのだからね)
特に聖女と教会から認定されたミレイである。
寄せられる期待もひとしおだ。
「皇太子として私が導かねばな」
フレックは呟くのだった。
全体として広場の雰囲気は明るい。既に魔術での戦闘演習を実家で経験している高位の貴族子弟も多いのだった。
魔族との領域に境界を持つロックス帝国では、ここベンドルムの森よりも危険な場所も少なくない。
他ならぬフレック自身も地方で実戦経験を幾らか積んでいた。
「殿下、出発の刻限が近づいておりますが?」
案内人のレフツが無表情に声をかけてきた。鉄灰色の髪をした若者である。元は公爵家嫡男でも今は平民だ。本来ならば直接、皇太子と会話できる立場ではない。だが、レフツの態度は落ち着きすぎていて、恐れ入ったという様子もない。
「分かっている」
フレックは苛立ちを隠そうとも思わなかった。魔術を使うべき立場にあって、使うことのできない落伍者である。
ましてサリア・サフランの夫なのだ。
「あらかじめ、学園側からは経路が指定されていますね」
どうやって入手したのか。演習の計画書を手にレフツが告げる。
鷹揚にフレックは頷く。
「では、その順路通りに進みますか?魔物も出る森ですから。不測の事態があっては、皆様を私も守りきれませんので」
生意気にも魔術の使えるフレックたちを守るつもりらしい。
淡々とレフツが尋ねてくる。
「それでは、何の訓練にもならない」
フレックは横を向いた。そのままベンドルムの森最奥を指差す。
「危険ではありませんか?」
即座にレフツが尋ねてくる。
ベンドルムの森を越えると岩地であり、さらにその先に進むと『境界』と呼ばれる、魔人の領域付近にまで至ってしまう。
遭遇する魔物も、計画書の順路よりも遥かに強力だ。
当然、レフツにもそれは分かっているから、『危険だ』と言うのだろう。
「私たちなら大丈夫だ」
フレックは鼻を鳴らした。
腕には自信がある。ミレイを守りつつも経験を積ませることぐらいは簡単なことだ。
「境界では、こちら側とは比べものにならない、強力な魔物も現れますし、かつての魔王城にもここは近いのですから。最悪、魔人とも遭遇するかもしれません」
とうとうとレフツが言葉を並べる。
かつて先代の大聖女が先代魔王と相打ちになった場所だ。
最近は魔王の部下であった魔族が活発に動いている。復活したという噂もあった。
(だからこそ、ミレイの成長が急務なのではないか)
皇太子としてフレックは思うのである。
「我々は君のような魔術無しの、一般兵とは違う。ベンドルムの森も初めてではない。もっと危険な場所で鍛錬を積んだこともあるんだ」
侮るではない、ということだ。にべもなくフレックは告げる。
(魔王の幹部、魔将が各地で魔物をけしかけてきている。近隣の国々でも同じだ)
ロックス帝国も地方では活発化した魔物の動きへの対処に悩まされているのだから。
次代を担う自分たちも想定以上でなければならない。何の考えもなしに無茶を言っているのではないのである。
「いいから黙ってお前は案内に専念すればいいんだよ」
デルンが口を挟んできた。
「黙っててどうやって案内するんだよ」
負けじとレフツが言い返す。正論ではあるのだが。
デルンは貴族であり、レフツは平民である。
「で、殿下」
オロオロとミレイが困っている。
「レフツ・ブラウリー、君は我々に雇われた身だ。我々の要望に応えればいいのであって、意見を言う立場ではない。こちらの指示が最優先だ。わきまえたまえ」
最初にはっきりとさせておいた方が良い。フレックはレフツを見据えて断言した。
ただでさえ無表情だったレフツがさらに表情を消す。
「当然、わきまえております」
肩を竦めてレフツが離れていく。
自身の荷物を何やら確認し始めた。勝手にしろ、とでも言わんばかりの態度だ。
(まぁいい、せいぜい、境界の強力な魔物に怯え、そして我々の力を見て、自身が惨めな結婚をしたと、思い知ればいいさ)
フレックは暗い思いをいだくのであった。




