3 理不尽な任務
翌日、レフツは西部都市グンキョの軍営に出勤した。町外れにえんじ色の屋根の兵舎が幾つかと練兵場だけが並ぶ簡素なものだ。
見送りに立ってくれた新妻サリアのたどたどしさを思い出す。
(別に俺ごとき見送ることもないのに。まったく、生真面目な妻を与えられたものだ)
つい、レフツは口元を緩めてしまう。
サリアなりに、傅かれて当然である貴族令嬢の暮らしから、平民となった新生活になんとか馴染もうとしているらしい。
今頃、あの散らかった家の中をどうにかしようと奮闘しているのだろうか。ただ気楽に休んでいられる性分ではないように見えた。
(しかし、なにか変だな)
軍営の雰囲気が落ち着かないように見えた。すれ違う兵士やかけ合う声の調子1つから感じ取れる。自分は昔から感覚が鋭い。理由が分かったのも十歳の時だ。
「レフツ、小隊長殿が呼んでる」
同僚のケビンが声をかけてきた。同じく5人の部下を持つ分隊長だ。
「分かった」
返事をしてレフツは小隊長の執務室へと歩みを進めた。
(珍しいな)
レフツは思いつつ、部屋の扉をノックした。
「入れ」
いつもの小隊長の声ではない気がする。自分の耳はとても良いから間違いない。
誰か別の人間がいる。
「なっ」
扉を開けて部屋へ入るなり絶句する。
「レフツ・ブラウリーか、遅かったではないか」
小隊長ではない、もう一人の人物が予想通りにいた。ただし、いたのは予想出来なかった人物である。
王都でサリアに自分との結婚を強行した、赤髪の皇太子フレックだ。
「レフツッ!貴様っ!皇太子殿下をお待たせするとは何事かっ!」
小隊長が事の経緯を何も知らないであろうに怒鳴りつけてきた。いつもは気の良い上司なのだが、かなり動揺している。
自分の出勤時間はいつもと変わらない。遅刻もしていないのだが。
「良い。それよりもレフツ・ブラウリー、君に依頼したいことがあって、私は足を運んだのだ」
フレック皇太子が立ち上がって言う。
乗り合い馬車の自分たちよりも遥かに速い馬を手配するなど、皇太子であれば容易い。
(で、先回りか)
レフツはそこまで考えて、呆れるのだった。
つい3日前まで、自分の新妻サリアと婚約していた男だ。更には自分との結婚を、サリアに罰として押し付けた人間でもある。
この男の中では、レフツと結婚をすることは、女性にとっての罰なのだ。
遅ればせながら、レフツは跪く。
(碌なことではないんだろうな。やれやれ)
聖女ミレイにご執心のようだから、サリアへのさらなる当てつけであろうと容易く想像出来る。
そんな相手だから、まったく敬意など抱きようもない。自分への配慮など、あの断罪劇の時もまるで感じられなかったのだから。
「君は軍人で、聞けば、ここ西部では有能な斥候だと言う。そこで頼みたい仕事があるんだ」
微笑んでフレックが言う。
皇太子からの頼みなど命令としか聞こえない。
「いかなご用件でしょうか?」
それでもレフツは尋ねざるを得ない。
自分のことを上司である小隊長がどう伝えたのだろうか。皇太子の依頼など本来、直接受ける立場ではない。
(いや)
評価が高いから、という理由のわけがない。
「近く、貴族学院の実戦演習が、ここグンキョの郊外で実施される。魔物の出る森林地帯でね。ベンドルムの森と言ったかな?つまり魔術戦の実戦経験を、何人かで組んで積もうということだが。君に私の班の案内役を頼みたい」
すらすらと皇太子フレックが説明を並べる。あらかじめどう頼むのか練ってあったのだろうか。なんとなく気取っているような話し方がいけすかない。
「私が?学生様方のご案内ですか?」
思わずレフツは訊き返していた。
「あぁ、案内役を誰にするか、そもそも置くのかは任意なのさ」
ニヤリとフレックが笑う。嫌な笑顔だ。
(そこまでするか)
レフツは再び床に視線を落とす。
「大体はそれぞれの班の、誰かの家人を使うのだがね。我々の班には適当な者がいないのでね。君に依頼したい」
声だけが上から降ってくる。
(そんなわけがないだろう)
内心でレフツは指摘する。
皇帝直属、近衛の誰かにでも頼めば良いのではないか。近衛でなくとも誰かはいるはずだ。そこまでロックス帝国は人材に不足しているのだろうか。そんなわけはない。
自分がサリアの夫だから言っているのだ。具体的にどんなことを自分にさせ、嫌がらせで何をするつもりかは分からない。
(だが、間違いなく、何かしらかの、彼女への嫌がらせではあるんだろうな)
あまりに見え透いているのだった。
「軍令ということであれば、私に否やはありません」
レフツには他に答えようもない。
白けきってはいた。属性が無いぐらいで、簡単に迫害されるような国だ。その自分の妻は闇属性だから不興を買ったように見える。
(こんな国で、力を尽くすつもりもないが)
穏当に生きていければ良いと思う。そこに妻という要素が加わっただけだ。悪い娘ではないのなら、惨めにならぬよう配慮しつつ、仲良く年月を重ねていきたい。
幸いなのはベンドルムの森が、よく仕事で出入りする地帯である、ということである。
(多少、皇太子殿下が嫌がらせをしたとしても、特段の危険は無いと思うが)
頭の中では素早く打算していた。
「素直だな」
意外そうな声でフレック皇太子が言う。
どうやら難色を示されると思っていたらしい。皇太子である自身に、一介の軍人が逆らえると思っているのだろうか。
「魔術の素養もない、君にとって、魔物の出る土地への出入りはなかなか危険ではないかと思うのだが」
属性なしの落ちこぼれ、というのはこの皇太子にも知られているのだった。勝手に『臆病者』という要素も加えていたらしい。
(露骨な嫌がらせなことで。そう思うなら、依頼しないでほしい)
内心でレフツは毒づくのであった。
「軍人ですから。危地へ赴くことを厭うわけがございません」
代わりに殊勝な言葉をレフツは告げる。
実際、危険な場所を嫌がるようでは軍人など勤まらない。
「ふむ。しまったな。真っ当な人間に、あの女をつけてしまったのかもしれない」
そしてフレックが呟く。小声だがレフツの耳はどんな音でも拾う。
なんとも醜悪な言葉である。
(そこまでのことを、彼女は聖女様にしたのか?)
闇魔術を当てた、負傷させたということを、元・実の弟デルンから聞いただけだ。
馬車でも緊張と失意でサリアが言葉をあまり発してくれなかったのである。
昏倒した、ということだから、一生物の傷でも負わせたのだろうか。
わざわざ婚約破棄をし、生き甲斐だったらしい魔術まで封じたうえで更には碌でもない男と結婚させて、引き続き西部まで追いかけてきて嫌がらせを皇太子自ら実施しようというのだから。
(いや)
レフツは自分に何も偏見を抱かず、素直なサリアを目の当たりにしている。
(この殿下がやはりおかしいんだろうな)
常軌を逸している。こうなってくると好意とはいえ、執着されている聖女ミレイの方も気の毒になってくるほどだ。
(こんな殿下が将来、治める国か)
レフツは口元を緩める。
(俺の奥さんには、こんな仕事を請け負った、とは言えんな)
一層、落ち込ませてしまうだけだ。
苦笑いしつつ、レフツは細かい日程を一方的に告げられ、書面も貰えなかったので、頭にたたきこむのであった。




