2 西方都市グンキョ
広大な皇都アロッガから乗り合い馬車で3日かけて西へ移動した。初めての経験らしく新妻のサリアが緊張して縮こまっていたのだが。乗れば確実に着くので便利は便利である。
婚約破棄の断罪劇から3日後、ロックス帝国の西部都市グンキョに、レフツはサリアとともに到着した。
「急なこととは言え、本当に不便をかけてすまない」
レフツはサリアに頭を下げる。さすがに婚約破棄された時のドレス姿のまま乗り合い馬車で3日とはいかない。
服を急場で買って、着替えさせてはみたものの。
「いえ」
黄色いブラウスに黒いロングスカート姿のサリアが縮こまる。
途中、なんとか衣類をその場で買い揃えて宿屋で変えてもらった。無言で悲しげなサリアだが、さらに申し訳ないことに、今もてんでんばらばらな格好をさせてしまっている。
「とりあえず我が家には着いた」
元実家を追い出されて十年以上経つが、その半分ほどの期間を、レフツは西部都市グンキョで過ごしてきた。家も先日、小ぢんまりとした一軒家を購入したばかりだ。
宿で高いお金を払って暮らすのよりも出費の面ではマシかもしれない。だが、先日まで公爵家の屋敷にいたサリアとしては、失意のどん底を象徴するような、住まいだろう。
「レフツ様は、このことをご存知なかったのですか?馬車でも、その、お話していて思ったのですが」
とても丁寧に告げて、サリアが小首を傾げる。貴族令嬢や皇妃としては褒められたものではないのかもしれないが、小動物のような可愛らしさが仕草に時折あらわれる。
「知らされていたら、断っていたよ。君が気に入らないとかじゃなくて、元皇太子の婚約者と結婚だなんて、さすがにあまりに突飛な話だから」
レフツは肩を竦めて扉を開けた。6日以上も留守にしていたから空気を入れ替えなくてはならない。
「そう、ですよね。すいません、本当に」
消え入りそうな声でサリアが言う。
「いや、人の結婚を罰に使うような、皇太子殿下が酷すぎる。まして、君はせっかく希少な闇魔術の遣い手なのに、随分と理不尽な目に」
レフツは同情していた。使えもしない自分だからこそ、急に使えなくなる惨めさを想像できてしまう。
今、サリアが不安と無力感に苛まれているであろうことは想像に難くない。
「それは、でも、私も良くなくて」
無念さをにじませてサリアが言う。
「それに私、やっぱり、こんなの。つい、どうしたらいいか分からなくて、レフツ様に甘えて」
馬車でも何度も繰り返してきたことを、またサリアが言う。
「君が嫌じゃないなら、甘えてくれていい。俺のほうが年上で、皇太子殿下の命令だから。お互いに拒否権が無い。少しずつ親しくなっていければ良いと、俺の方は思っているよ」
闇魔術の遣い手であるという点が気に入らなくて、サリアから聖女ミレイに婚約者を切り替えた。そんなことに振り回されたサリアが気の毒でならない。
この国の、属性を重んじる価値観に振り回された、という点では似た者同士だ、とレフツは一方的に考えている。
「とにかく、嫌じゃないなら入ってくれないかな?俺はいつまでドアを押さえていればいいのかな?」
笑ってレフツは尋ねた。
「あっ、すいません」
慌ててサリアが転がり込んでくる。
今度は靴を脱ごうか悩み始めているようだ。
「お嬢様にとっては、我が家は屋外みたいなものかもしれないけど、土足は勘弁してほしいかな」
レフツは苦笑いで告げる。
「あっ、いえっ、その、男の人のお家に上がっちゃったって、考えちゃって」
サリアが靴を脱ぐ。
レフツはため息をつく。
最初のうちは万事が慣れるまでこの調子だろう。
「レフツ様、もし、私の実家からの援助とかを期待されているなら」
そんなものは無いから見捨てて欲しいとでも言うのだろう。また、サリアが埓もあかないことを言おうとしていた。
「事の経緯からして、期待していないよ。それに知っていると思うが、俺も属性無しの落ちこぼれで、実家から廃嫡されて勘当された人間だよ」
サリアもサリアで、自分の元実家ブラウリー公爵家を頼れないということだ。お互い様なのである。
家を案内しなくてはならない。
玄関から右手側に居間兼寝室と台所、左手側には手前から空き部屋2つと風呂、トイレが並ぶ。
(空き部屋を1つ、サリアには使ってもらえばいいか)
2人で暮らす分には窮屈な思いをさせずに済むと思いたい。
「ここを使ってほしい。必要なものは少しずつ買いそろえるから」
レフツはずっと持っていたサリアの荷物を置いてやりながら告げる。
サリア本人が遠慮すべきかどうかで悩んでいる様子だ。
「あとは寝台はまだ1つしかないから、ここに持ってくる。君が使ってくれ」
更にレフツは加えた。若干、臭う恐れはあるのだが背に腹は代えられない。
「そんな、私なんて床で」
サリアが固辞しようとした。
宿の寝台ですら道中、寝不足だったようなのに、何を言っているのだろうか。
「無理はしなくていい。そもそもうちの寝台なんて、さほど快適じゃないだろうさ。いや、こんなことになると分かっていれば、もうちょっと準備をしておいたのに」
そもそも結婚が出来ると思っていなかったのだから。自分も、もう22歳になるというのに、女性と交際した経験など無いのである。
「いえ、こんなに優しくしてもらえてるのに私は何も返せなくて」
サリアが俯く。
もっと腹を割って話すべきなのかもしれない。時間はこれから共に過ごせばいくらでもあるのかもしれないが、今が一番、サリアには辛い時間なのだから。
「貸し借りなんて気にしなくていい。こんな形だけど、妻になってくれる人が、現れてくれたのなら。大事にして、仲良く幸せになりたい。なんとなく軍務をこなして、当たり障りのない人生を歩むものだと思っていたけど」
更には共感しているところもあった。
実家を追われたという点では一緒なのだ。
「はい」
今度は決然とした顔でサリアが自分を見つめてくる。そうされると気恥ずかしいのであった。
「私も、こうなった以上は覚悟を決めます」
サリアが宣言した。
覚悟を決めないといけないぐらい、自分との結婚は嫌なのか、とチラリと考えてしまう。
(いや、そういう意味ではないだろうけど)
まっすぐに向けられる漆黒の瞳を見るにつけて、レフツは考えを改める。
「レフツ様は明日のご予定は?」
サリアが尋ねてくる。
「仕事で、日中は家を空ける」
ギリギリ6日の休暇しか取っていない。結婚するとなれば、もっと日数を取れたのかもしれないが、まさか結婚するとは思わなかったのである。
「お仕事をうかがっても?」
乗り合い馬車でも打ちひしがれていて、ほぼサリアとは無言だったのだ。
レフツも他の客がいる所で身上を話す気になれなかった。つまりここに至るまで、お互いにほとんど自己紹介すらしていなかったのである。
「この町の歩兵隊で斥候兵をやってるよ」
隠すことでもないので、レフツは答えた。
「任務によっては数日、家にいないこともあると思う」
レフツはさらに説明した。
「じゃあ、私は軍人の妻になったわけですね」
サリアが微笑んだ。
どんな人間の妻にされたのかも分からない。今、この時までそんな状態だったのだ。陰鬱にもなるだろう。
レフツはまた同情を新たにするのだった。
(しかし、本当に聖女に攻撃するような娘か?これが?)
つい、マジマジと整ったサリアの顔を見つめてしまう。
「な、なんですか?」
真っ赤になって俯く姿も初心であり、可愛らしさが際立つ。
「下っ端だから、そう言われると大袈裟な気もするがね」
苦笑いでレフツは告げた。
「私も魔術を封じられていなければ、レフツ様をお助けするのに」
ポツリとサリアが零す。左手首に嵌められた灰色の腕輪を悲しげに見つめる。
「はははっ、魔術師の護衛付きの斥候任務か。慣れると甘え過ぎて判断が鈍りそうだな」
魔術師として活躍できるのは貴族かその出身者だけだ。平民で魔力を持つものは稀である。当然、その威力と恩恵に授かれるのもその関係者だけなのだった。
「冗談ではないです。私は本気で」
気持ちだけでも有り難い。思い、レフツはその夜、寝台をサリアの部屋に運び込み、自らは今の床で転がって眠るのであった。




